2012年 ラマダンなモロッコ。




ラマダン4日目のモロッコ。

イスラム教では、ヒジュラ暦いわゆる月の暦を利用しているので
ひと月は、新月から新月。
だから1年間は、太陽暦の1年間から11日ずつ1年で短くなっていきます。

モロッコでは、カレンダーではなく
月読み師が実際に新月を確認して新しい月が始まるので
ラマダン月である、ヒジュラ歴の9月も当然直前まで分からない。

このお話、毎年ラマダンの度にお話していますが
今年も、前日までラマダン開始日が確定しないのがモロッコ。


もうすぐだよね??
明日?? 明後日だよね??
タクシー運転手や、街中の人たちと、そんな会話の中、はじまったラマダン。

ラマダンの為には、ナツメヤシ! シュバキア!(かりんとうのようなお菓子)
ラマダン明けの朝食の為の事前の用意はもちろん
神聖なるラマダン月の為に正装衣装を新調する人もあり

その準備は、日本で言ったらお正月のような心もちがわさわさするような期間。
わさわさしているにも関わらず
急に前日に決まったラマダンがすーっと始まったのが
なんとも印象的。

昨日までわさわさ
本日から、断食。

それに断食をするラマダン月は
神に最も近づける神聖な月で
悪行などをせず、幸福に過ごす時期

昨日まで、カオスでわっさわさしていたマラケシュ・メディナが
本日から、穏やか。

面白いなーと同時に
イスラム圏やモロッコの懐の深さの魅力でもあるように思える。



そして何より、毎年ラマダンで思い知らされるのが「信じるこころ」の強さ。

日本に比べたら、ずーっと緩い生活をしているモロッコの人たち。

それでも、今年も真夏に重なるラマダン初日は45度を超す猛暑の中
日中のラマダン中は、お水さえ飲めない。

仕事もなくて、ゆるゆる生活の人では
昼に寝て、飲食可能な夜に起きているという

昼夜逆転型楽ちんラマダンさんがいないとも言えないけれど
通常の人々は、通常に暮らし、通常に仕事をし
この暑い中にラマダンを行っています。

こんなに自由なモロッコの人たちが。

それって、神を信じるこころひとつ。

強制されているなんて誰も思っていない。


まま、ラマダン開始日数日は慣れなくて
本来、物ごとのトラブルを出来るだけ避けて
幸せに過ごさなくてはいけないラマダン中にもかかわらず
空腹によるイライラでケンカ勃発もよく見かける風景で

幸福なラマダン期間と相反してしまっているけれど
それもそれで人間らしいし
結局はそれでも、信じることがらへこころが向かっている訳で。


宗教論を説きたいわけでもなく、端的平和主義を唱えるわけでもないのですが

この信じるこころが、恋人同士から、夫婦、家族、友人、仕事のお付き合いまで
人が生きる社会全体にあったとしたら、なんと円滑に進むのではないか!!?

「宗教」への信仰心と言ってしまえばそれまでなのですが

この国に住み、人々と関わり、彼らのラマダン実行へのこころを実感すると

そのこころさえあれば、世界が!

そう思ってしまうほどの
なにかもっと純粋なる「信じる」ことへのこころの力を

みつけさせられ、その美しさ故にわたしのこころも動かされるのです。



※写真は、断食が終わって全ての人が朝食を食べている間のメディナの街の風景。
 
 いつもは、竹下通り?のような賑わいをみせる商店街なのに
 全てのお店が一時的に締まり、歩く人は誰も居ない
 そんな夜中の様な静まりかえった風景。

 のはずでしたが、
 わたしたちも朝食を済ませて出てみたら、もうちらほら出歩く人が居ました...

 それでも、日没後に取る朝食
 朝食後でも太陽が残したまだ濃紺に染まる空が美しかった。
 


oto


●6月末にコメントいただきました、すっちゃんさんへ。

 コメントにお返事出来ずに申し訳ありません。
 実は、パソコンからはコメントの受付が出来ない設定になってしまい
 お返事をお返しする方法がありませんでした。

 モロッコは、すてきな所です。
 あまり心配されずに飛び込まれて下さい!
 その方が、魅惑が広がる気がします。

 その為にも、house13はあります。
 滞在中はモロッコの楽しみ方からプランまでいろいろとお手伝いしていますので
 友人の家がマラケシュにあると思って、気軽にいらしてください。

 何かありましたら、いつでもお気軽にhouse13メールまでご連絡ください。

 お会いできるのを楽しみにお待ちしております!
MOROCCO MARRAKESH DIARY
サーカスがやってきたヤァ!ヤァ!ヤァ!




モロッコでサーカス??

小さな移動遊園地は良くどこの街でも見かけるけど
マラケシュにサーカスやってきたのは
少なくともわたしがマラケシュに住み始めてから初めてのこと。

というより、わたし自身サーカスが産まれてはじめて...

モロッコで行われるサーカスだけに
日本で行われるような、イリュージョン的な大きなサーカスとは違う様子だけれど
そこにまた興味を惹きつけられた。

どんな国の、どんなサーカスなんだろう??



会場に到着!!
あの中でサーカスが行われるんだ!!
作られたテントを見ただけで、全身がわくわく。

チケット売り場には、長蛇の列。

チケットを2枚買うと、3人目は無料というシステム。

両親がサーカスなどに連れてきてくれる余裕のない家庭の子どもたちだろうか
たくさんの子どもたちが、3枚目の無料チケット欲しさに群がり

大人たちから無料チケットを手に入れると
満面の笑みを浮かべて猛ダッシュでサーカスへ入っていくのが微笑ましい。



いざ、サーカス小屋へ!

わあ〜!!!!!!!!!
夢の世界が広がっていた!

まだ、入口のポップコーンや飲み物売り場、トイレがあるのみの空間だというのに

来て良かった!! これだけで感動!!

作りがなんともかわいらしいのだ。
ヨーロッパの、古いメリーゴーランドや遊園地を思わせるその内装は「夢」。

それに、この空間が移動しているという事にも魅せられた。

そしてその奥の会場はもちろん。

小さな会場だけれど、使われているランプ、柱
まだ演目は始まっていないのに、もう夢がきっしり。こころ踊る!







これぞサーカスの司会者たる体型と顔立ちの彼が

そのまたサーカスらしさを引き出すしゃべりで、もう感動。

男性陣の綱渡りに大興奮。

空中ショーの音楽に合わせて、その下で奏でられる噴水ショーがとてもきれい。

休憩時間には、ピエロとやせっぽちのくまのプーさんが客席を回って撮影大会。

ホワイトタイガーの火の輪くぐりに圧倒。

お馬さん達が髪の毛を振り乱してチョコマカ走ってる姿が、かなりわたしのツボだった
かわいいヘアスタイルのお茶目なミニホースたちの愛らしいショー。

アナコンダをこれでもかってくらいに振り回したり、自分の体の上に乗せたり!

空中の小さな円形のカゴの中で、4台のバイクが猛スピードで走りまわるショーには
白熱して拍手が止まらず手が痛い。

天井から下がる2枚の布を美しく使いながら、空中で舞う美女。

迫真の空中ブランコ。

ああ!! おなか、いっぱい!!



そして、クラウン。
道化師の存在、その化粧など、見れば見るほど
その歴史や意味を知りたくなってたまらなくなりましたが
とにかく、サーカスというイメージにはこのクラウンがなくっちゃ。

お客さんを道化でのせ、観客大爆笑、大感動の渦で幕が閉じたのです。



ディズニー・ランドも大好きなわたし。

「夢」をみせる。

これには、徹底した演出と人への思いやりがないと出来ないことだから
この夢をみせられることに、とてつもない感動を覚え
また、みせる側の人たちにものすごい尊敬の念を持っています。

特に、綱渡り、空中ブランコに、バイクのショーや、空中で踊った美女
危険の伴う演目には、日々怠ることのない練習やトレーニングと
人を魅せたいとう思いと共に
半端な気持ちでは出来ない、精神の集中。

これには、何よりも鳥肌が立った。

もちろん、その他の演目の役者達、影のスタッフたち
大勢の本気があって成り立った、夢。


これが、子どもの時に観たならどんなに感動しただろう??
と思いながらも、いい大人がノックアウト寸前ふらふらの夢心地で外に出ると

中国人のスタッフが声をかけてきた。

あなたたちは、どこの国のサーカスなの?とわたし聞くと
イタリアと。

むむ、この装飾のすばらしさは、イタリアならではだったのだ!と思いつつ

じゃあ、基本はイタリアに住んでいるのね。と言うと

うーん、まあ、サーカスに住んでるんだけどね。

かっこいい...

次は、アルジェリアや、チュニジアなど、他の国へ回ると言う。



そして見渡す、空き地に立ったサーカス小屋や、入口の大きな看板
他のテントや、沢山の大きなサーカス隊の車たち。

毎回、毎回、彼らはその講演の土地で
この、夢の世界を自分たちの手で組み立てて作り上げて魅せているんだ。

夢のプロ。

そう思ったら、完全ノックアウトで倒れそうになった。

モロッコという素朴な国で観た、純サーカス
というシチュエーションがよかったのかも知れないけれど

先日の、フェズでのビョークのライブより下手したら感動した??



Circus Florilegio
1872年からの歴史あるサーカス。

現在、マラケシュで追加公演が行われています。
マラケシュ滞在が重なる方は、是非!!
わたしも、もう1回行きます!!



oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
道ゆくお店



とあるカフェにて、周りのおじさんにつられて

ただただボーっとしていたところ。



ベルトを売って歩くおじさんが通り過ぎていきました。


ベルト


需要ってあるのだろうか。

ふと思い巡らせます。


 履いてたズボンがずるり。

 あれ、ベルトをつけ忘れた?!

 気になって気になって仕方ないな…。


 そこへ救世主のごとくベルト屋登場!


 即購入!!

なんてこともあるかしら。


そのうちに靴下を売って歩くお兄さんもやってきました。


とりあえず私にもちらりとみせてくれる。

一応ちらとみるも、ううん、いらないや。


 寝坊だ!大慌てで家を出る。

 なんとか無事用事を済ませ、ようやくカフェにてホッと一息。

 あれ、靴下を履き忘れてる?!

 あーなんだかむずむず。


 そこへみえるは靴下やさん?!!


 願ったり叶ったり!


なんて多少の需要も見込めるかしら。

ボーっとついで、勝手なことを考えます。


さてさて空想の世界から戻ろうとしたところ…


なんとやってきたのは、帆かけ船の模型やさん?!!


私の心をわし掴み!

またも空想へと引き戻されます。


 海の向こうの見知らぬ土地へと思いを馳せる。

 そこへ、絵に描いたような帆かけ船!


 ザッパーーーン。

 幾つもの試練を越え、大陸がみえたぞ!

 まさに大海原に光輝くロマン!


 おおっと、今日は息子の誕生日だったな。

 なんてこった、息子は船長になるかもな!

 よーしこの船を贈ろう!


なんて、順風満帆?


あちらで遠い目をしているおじさん。

買わないかな。


一体どんな様子で買われていくのかしらと

帆かけ船やさんを目で追います。


きっとどこかには目を輝かせて買い物する人がいるのでしょう。


お店の人はいたって真剣な面持ち。

きっと、家族を養うためにも邁進します。

それにしても、なんだか楽しそう。



まもなくおもちゃのバイオリンを売って歩く人もやってきました。


うーん、あれもやっぱり

バイオリニストの夢を孫にでも託そうプレゼントってとこかしら。



空想は続きます。

そしてまだまだ続く、歩いてくるお店。


Tシャツ屋、アクセサリー屋、ラグ屋、謎の置物を売る人までも。


絵画を売る人が現れれば、まるで即席ギャラリー。


ジャラジャラとコインの音がしたら、煙草やさん。

コツコツ木箱を叩く音が聞こえたら、靴磨き屋さん。



例えば突然の一本のタバコに思わぬ閃きだとか

靴がピカピカになって心もピカピカだとか

そんな風に、あらゆる要素を

タイミングのままに織り交ぜながら

お茶の時間は自由に繰り広げられます。


行商はきっとリアルな現状であって

こちらの生活を目の当たりにするような場面でもあるのですが

とてもポジティブな光景でもあって

生きる力強さのようなものを感じたり。

ただ座ってるだけで遭遇してしまうあれこれと

タイミングが自由に行き交う様子に

なんだかワクワクしたり。


こんなにも寛いで、どうでもいいようなことを 

ついつい考えてしまえるようなカフェの時空間もあいまって。


コーヒーを一杯いただく間に

それぞれの人にいくらでも広がる自由を
通り過ぎていく人生の一こまを
いくつも垣間みた気がしたのでした。





めるは



MOROCCO MARRAKESH DIARY
絶叫系?





マラケシュのスーク(民芸品マーケット)は、お店がギュウギュウとせめぎ合っています。


しかもお店から道端へは商品が溢れんばかり。

そこを人々、自転車、バイク、はたまたロバと
勢いよく行きかっています。

ぼんやりと歩くことはとても難しい。
ましてや、大きな荷物を運ぼうものならそれはもう大変なこと。

そんなとき荷車の傍らでぼーっとしているおじさんに声をかけると
おじちゃんが荷物を荷車で運んでくれる、そんなシステムがあります。

その荷車はカローサといって、手押し車タイプですが
すっかるちゃんの勧めもあって
それから度々利用しているバイクに荷車がついたタイプのバイクカローサ。

しかしこれ、荷物と一緒に自分も荷車へと乗ることになります。

おじちゃんはお客さまのために
段ボール座布団だの、荷物で即席クッションだの
用意してくれ、さてと!意気揚々出発するのですが。

地元の人でも観光客でも賑わうお店の並ぶその狭い路地を
ジャマエルフナ広場を、人波やあらゆるものをかき分けて暴走するんです。

ガッタン! 急停車したかと思うと
目と鼻の先に食用のかたつむりがうじゃうじゃ。

ガッチャン! どこぞのお店の商品がひっかかった!

それでもグイグイ進んでいるけれど
あれ、道ゆく人があれこれどかしてくれてる。

しかし、おいおい、乗ろうとしてくる人…。
なんでもありだな、笑

運転手さんは必死?かと思いきや
あれやこれやと話しかけてくる人達と楽しくお喋り。

道ゆく人は迷惑と思うどころか、そんな顔ひとつせずに
私にニコニコと手をふる次第…。

バイクのおじちゃんも、周りの人も、なーにも気にしません。

やっぱり大らかな街だな、とつくづく。

石畳につきガタガタな道だって、おかまいなしです!

大きなデコボコに限っては、丁寧にゆっくりと進んでくれる
そんなサービス?も、つかの間
人をかすりながら、物に当たりながら
おじさん時折上機嫌に歌いながら、暴走は続きます。

そのスリルったら絶叫マシーンさながら。

まさか、あの道は通らないだろうな、という
車幅ほどの道も、観光客でごちゃごちゃな民芸品マーケットのメイン通りも
荷車まで息をしているかのように、生き生きと進んでいきます。

そして大通りへと出たときの
風を切って進む、なんともいえない爽快感!!

とてつもなくワクワクしていた私に気がつくのでした。



それにしてもなぜ、こんなにも危険を冒しながらも
平然としてるのだろうか…。



タクシーの運転も同じように激しいのです。

先日、プチタクシーという3人乗りの市内タクシーに乗っていたときのこと。
若い女の子が2人、私の乗っていたタクシーに途中から乗ってきました。

彼女たちの行き先は、私の行き先より手前のジャマエルフナ広場。

そこへ行くには、対向車線とも、3車線、ときに4車線?
となんだかとてつもなくごちゃごちゃとしたところで降りることになります。

さて、もうそろそろ到着というところ。
なんとタクシーがいるのは中央車線。
歩道へ車を寄せてお客さんを降ろすことは不可能です。

そこで、ドライバーがなにか一言アラビア語で言いました。
その直後、モロカン女子と三人、見事に口をそろえ唱えた

「インシャッラ」

全ては神のみぞ知る。神様次第という意味。


どこで止まるの?止まれるの?
どうやって降りるの?降りられるの?
そんな不安も出てきそうなところ。

ある種緊張感漂うその車内で
誰を責めることもなく、状況に戸惑うこともなく、凛としている彼女ら。

アッラーという神様のいる心の強さからか
それゆえの状況に応じての柔軟さからか。
なるようになる。なるようにする?
それまで、そのときのことはわからないけれど
神様だけが知っているから。
不安になるよりも先に、その状況をなんとかしてしまう。

そして案の定、ここで止まるの?というところで止まったタクシー。
「気をつけて!」というドライバーの声と同時に
せーので勇ましく降り立っていった女子の後ろ姿を見送った私は
なにかが腑に落ちたのでした。

みんなが持ってる、その意気込みのようなもの。
それは空気となっていました。

運転するにあたり、流れに乗るのが大事だということ。
ここでも同じで。歩いていても同じ。
例えば注意しすぎていると、その間こそが危なかったりします。
もっと瞬間瞬間で動いてる。

こちらのペースに合わせてみると
ある意味目の前のことへの集中が必要になるから
なんとなく、しゃんとします。
あらゆる出来事に、慎重になったり不安になったりするよりも前に
そのときそのときを、ただただ受け入れながら歩く。

それゆえか意外とみんな周りをみていて
タイミングをつかむのもとても上手。

そして、激しいようで心は穏やか?

そんな空気の充満しているなか、その感じになんとなく乗ってみると
なんともマイペースに、とても過ごしやすい街となります。

そんなマラケシュメディナの歩き方、おすすめします。

モロッコ人がちょっと怖いもの、危ないもの
そんなスリルを、楽しんでいるのも否めませんが…。

あらゆる感覚をフルに使って、今を、自分を生き生きとさせている。

彼らの目の輝きから、そんなことも感じるのでした。


めるは
MOROCCO MARRAKESH DIARY
家族




この間のおはなし。

house13の扉をノックするモロッコのおじさん
ドアを開けて、話を聞くと

同じ町内に住んでいるものです。
母が病気になって、緊急にお金が必要なので
お金を集めてまわっています。
いくらでもいいので、わけてくれませんか?

手には何十枚ものお札が握られていて
おじさんは、きれいなシャツをパンツインしてベルトを締めてきちっとしていた。
お金に困っている風でもない。

近所のモロッコの人が、house13へ来るお客さんを案内して
強引にチップを要求する姿を何度も見ているので
なんだか、素直に信じることができず
言葉がわからないフリをして、ドアを閉めた
house13スタッフの、めるはと、わたしすっかる。


その後、ゆっくり考え直して
それが、もしウソだったとしてもいいじゃないって思った。

自分が困って人に助けを求めたときに、同じことをされたらどうだろう・・・
自分も生きるのに精一杯で、一銭もわたせないって状況ならしょうがない。

どうして、いくらかでもいいから渡せなかったんだろう。
と悲しくなり、考えこんでしまった私たち。

お手伝いのモロッコ人女性ファティマがお買い物から帰ってきて
そのことを話すと、私にもその人のお母さんが本当に病気でお金が必要なのか
ただお金がほしいだけなのかは、わからない。

でも、もしも自分のお母さんが病気になって、どうしてもお金を作る必要があったら
そのおじさんと同じことをするよ。

意地悪なことしちゃった。と、落ち込んだ顔をしていると
マケイン・ムシュキリ(問題ないよ)!


モロッコだっていろんなひとがいるから!
そうしてしまうのも、悪いひとがいるせいだし。
だから、自分が渡しても大丈夫な金額を渡して、お大事に!
って言っておけばいいのよ!
気にしない、気にしない!

ファティマに話して、気持ちが楽になった。
今度同じようなことがあったら、自分の気持ちで無理のない金額を渡そうと思う。




その後、こんな事があった、っとモロッコのおじさんに話したら
こんな話をしてくれた。

母親は特別な存在なんだ!

ひとりで何もできない赤ちゃんが泣いているのを
ほっとくお母さんがいる?


人間は誰もが年をとって、誰かの手助けが必要になるんだよ。

ひとりだと寂しくて、ひとりでごはんが食べられなくて・・・・お漏らしして
喋れなくなって、何も考えられなくなって、赤ちゃんと同じになるんだ。

だから、自分を育ててくれたときのように
親のお世話をするのは当然のこと。

自分が忙しいから、親を老人ホームに入れて誰かに世話してもらうなんて
なんだか悲しいこと。
最近の日本はそんな風になってるんじゃない?

お母さんは10ヶ月もおなかの中で赤ちゃんを守って
その後も、おっぱいをあげて、オシメを取り替えて
いつだって自分より子供のことを優先して

とっても長い時間をかけて
大人になるまで育ててくれるんだから。

母親はあなたそのものである!
感謝を忘れるな。
母親のためなら何でもしなさい。


自分がなにか理不尽に思ったとき
自分の心の中で3回、母親に尋ねなさい。


とコーランに書いてある。
・・・らしい


お互い片言のフランス語で、交した会話だから
どこまで、ちゃんと聞き取れたかわからないけど。


モロッコの家族は、繋がりがとても強いことを感じます。

各家庭に、個人の部屋があることは稀で
ひとつの部屋で、みんながそれぞれモロカンソファーに眠って
ひとつのテレビを見て、笑って、チャンネルの取り合いをして

大きなタジン、大きなクスクスを家族みんなで囲んで
お水に入ったコップもみんなで回し飲み。
お父さんの口付けたコップなんてヤダー!って子供達がいうこともなく。

母と娘、父と息子が毎週一緒にハマムに行って、体をこすりあって。



モロッコの人たちの生活は、自然と家族がいつも一緒にいる時間が多いような気がします。

昔の日本の暮らしって、こんな風だったんじゃないかな。


すっかる
MOROCCO MARRAKESH DIARY
ゆるい風




風が大嫌いなわたし。

風が耳にぶつかって立てるその音も
風が乱した髪の毛が肌を触るのも
服を乱されるのも

安定のないことが不安になるのか、とにかく風が苦手である。

扇風機の風でさえ、出来るだけあたりたくない。


そんな話を友人にしたときに
彼女は風が大好きで
むしろ風がないのは全てが止まってしまっているように感じて
不安になると言っていたことがある。


モロッコの風を感じる度に、いつもこの友人との話を思い出す。

なぜならモロッコの風だけは、大好きなのです。

ゆるいとはこういう事を言うのだろうと発見するほど
あまりにもゆるく、優しくて
肌に触れると充足感すらうまれ
夢の世界へ誘われるよう。
母親の愛撫のように、どこまでもここち良いのです。

この世のものとは思えない。
こんな風は今まで感じたこともない。


もちろん、モロッコの風がいつもこんなにゆるい訳ではなく強風も吹きます。

ただ、そんな強風さえもどこかふわっとした優しさがあるのが特徴なのです。



こんな優しい風も、モロッコを象徴しているように思う。

わたしがモロッコに来た当初、モロッコとは?で思った事がある。

マラケシュのメディナというのは母親の子宮で
モロッコ全体は母体ではないかと。

その理由は、いつか書きたいと思っているマラケシュのメディナについてで
詳しく伝えたいのですが

簡単に言うと、モロッコには優しくて安心できる母性の雰囲気があるのです。


イスラム教なので、女性は家に、男性は外に。
だから、外には男性が殆どという男性社会。

それなのに、こんなにも母性的な印象を受けるのはとても不思議。

生物的に生命力が強いのは女性で
その女性が本気で家を守ることで男性が活きる?

今も昔ながらの生活をしている部族では
女性が朝から晩まで働き(家のことを)男性は狩り以外は殆ど何もしない。
そういう社会は、結構上手く回っているのであるから

やはり、男性とは逆の包み込むような女性の優しさが影の立役者として
社会を潤滑させるのではないか?

すると、モロッコもそんな社会であるから
影に充ち満ちた母性を感じるのではないか??



って、風は自然現象です。地理のお勉強のお話。

文化から風は作られません...

なのにも関わらず、ここまであーだこーだと考えさせられるほど
モロッコの風には、独特な趣があるのです。


モロッコは街並みから、海、山、砂漠などの自然さえもおとぎの国。
ディズニーランドに来てしまったかのような。

でも、ディズニーランドも風という自然現象までは演出できない。

そう考えると、モロッコはおとぎの国で人々が生き、自然までもが夢を誘う
リアル・ディズニーランド。

あんまりはまってしまうと、抜け出せないご注意な国。

そんなモロッコに居るだけでこころが一杯!と
気持ちを開いてゆったり感じる余裕もない
日本から遊びに来てくれた友人を横目で笑っていたわたしですが

彼の気持ちの方が、異国情緒溢れるこの国に来て感じる
まっとうな気持ちなのかもしれません。

それでも、どうかモロッコに来るみなさんに
ゆったりとした気持ちで
モロッコのこのゆるーい、ゆるーい風を感じて
幼い頃、母に抱かれていたようにこころを許して
モロッコの魔法にのって夢の中へ誘われていただきたい
と願うのです。



oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
アグダル庭園




暑いし、マラケシュの裏山ウリカへ涼みに行こう!

と決めてグランタクシーと呼ばれる乗り合いタクシーに乗った。

どんな乗り物でも乗るとすぐに眠ってしまうわたし。

普通乗用車に運転手プラス乗客6人
ギュウギュウに詰め込まれた煮えたぎるグランタクシーの車内でも
眠れるわたしは全く気にすることなく
乗った瞬間に、グーーzzzz

はい、着いたよ。と、起こされ
もう?と思ったけれど、寝ぼけていた私は
急いで降りて、唖然・・・・・

ここはどこ?

大きな通りから、オリーブ畑に入る入り口に
『Jardan d'agdal 』という看板。

庭園か、ちょっと散歩してみよう。とオリーブ畑に入ってどんどん歩くが
どこまでも続くオリーブ、オレンジの木々だけ。

人気はないな、と思いきや木陰で涼むおじさんがチラホラ。
まるで動物のように木の下でゴロン。

風がそよいで気持ちいいいので、とりあえず道が続く限り歩いてみると
やっと建物が見えてきた!!!











暇そうな門番のおじさんに、どうぞ中に入って。
といわれたので、門をくぐり中へ進むと


水の上にぽっかり浮かぶ建物。
水の中には、たくさんの茶色い鯉が大きな口を開けてエサを待っている。

そのまわりで、たそがれる学生さん達、カップルに、ファミリー。

ここは、モロッコの人の憩いの場なのかな。
水辺のふちに座って、私もたそがれ・・・たいのだが

勘違いで来てしまった日本人の私を珍しがって
みんなが声をかけてくれる。






暑いからウリカ山に行こうと思ってグランタクシーに乗って
寝て、起きて、降りたらココに着いたの。
と話したら大爆笑する女学生達。

あなた、ひとりでモロッコに旅行に来たの?
その服かわいいね。
彼氏はいるの?
なんて、女子トークで盛り上がり、携帯のカメラでひとりづつ撮影大会がはじまり
なんだか、女子の仲間入りして楽しいひととき。

帰りは、どうやってマラケシュへ戻ったらいいの?
と聞いたら、またケラケラ笑って
じゃぁ、一緒に戻ろう!といってバス亭まで歩くと!!


あれ...

見覚えのある通り...

とっても、すぐそこに来ていた私...


へぇ、こんなところあったんだ。
マラケシュにいると、緑不足になってしまいがちだけれど
こんなに近いところで緑を補給できるところがあることを発見。

なすがまま。なされるがまま。
それがモロッコ式。

そんな流された1日。
実はその方がお得感満載なものだと知らしめられ
満足かつ楽しい日となったのでありました。



●『Jardan de l'Agdal 』 − アグダル庭園

12世紀に設計された、マラケシュ最古の庭園。
貯水池の水は、オートアトラス山脈から地下水路によって引いた水を溜めたもの。
MOROCCO MARRAKESH DIARY
シアワセのおすそわけ

モロッコ、子ども、砂漠


カフェでコーヒーを飲みながら、日本の家族に手紙を書いていたときのおはなし。

隣に座っていた青年が話しかけてきて
どこから来たの?
誰に書いているの?
なんて、たわいもない会話をしていたら


思いついたようにニコニコと

『もうすぐ、うちに赤ちゃんが来るんだ!』


お兄さんの第一子が誕生するのだそう。
お産が近づいてきたから、お嫁さんは実家で待機中。

いつ生まれるの?って聞いたら
お嫁さんは、初めてのお産だからいつ生まれるかの計算をし忘れて
もうすぐじゃないかな・・・今週かな、来週かな・・・って
誰も生まれる日がわからなくて
毎日がドキドキなんだよ!!だって。



家中のペンキをきれいに塗り替えて、ピカピカに掃除して
家族全員で赤ちゃんと、お嫁さんが戻ってくるのを待つんだって。

塗り替える壁の色をピンクにしようか
水色にしようか
ペンキ屋さんと家族で会議していて
もう時間がないから早く決めなきゃいけないんだ!!

と真剣に話す青年。


赤ちゃんが来たら
女の人達はバッチリメイクをしてきれいなジュラバ(モロッコの民族衣装)を着て
男の人はスーツを着て盛大にお祝いするんだ!!!
って。


こんなにも嬉しそうに話す青年。
産まれたばかりの、可愛い赤ちゃんを抱いたママが戻ってきたら
家族みんなが大歓迎するんだろうなって想像したら
こっちまで、ニコニコがうつっちゃってシアワセな気持ち。

産まれたら、あなたも赤ちゃんに会いにおいで!っと誘ってくれました。
きっと、愛があふれた家族なんだろうなー。と想像しつつ

『インシャッラー!』


あなたのお母さんは、きっとすごく素敵な人なんだろうね。
だって、あなたみたいな人を育てたんだから、と、真面目な顔で言う青年。

母よ、聞きましたか??


・・・いやいや、そんな、あなたを育てたお母さんこそきっと最高に素敵な人である!



house13を寿退社したお掃除係のモロッコ人女性お花さんも
もうすぐ赤ちゃんが誕生するんだって
新しいお掃除係のファティマからの耳より情報。

お花さんのおうちも、ペンキ塗り替えかな〜


あぁ〜シアワセ・・・・心があったまった。

と、ぽかぽかしつつ母への手紙を書きました。



すっかる
MOROCCO MARRAKESH DIARY
協調

モロッコ マラケシュ ジャマエルフナ広場 夕日




「一緒に居るもの全員が
同じ時間を同じように幸せとして分かち合わなくてはならない。」

これが、モロッコの人の考え方。


日本人も、気を遣って協調し合う性格だけれど
モロッコ人社会の中で彼らの考えに触れたとき
日本の感覚とは驚くほど違っていた。


例えば、食べ物も分かち合う。

だから、電車に乗っているとき、バスに乗っているとき
となりのモロッコ人がお弁当を広げれば
「はい、どうぞ!」そう、差し出してくれる。

となりに座るわたしより若いモロッコ人女性が
列車の車内販売でヨーグルトを購入しているとき
あなたもヨーグルト食べる??
それとも、コーヒーでも飲む??
わたしのために、購入してくれようとしたこともあった。

見ず知らずの人が差し出してくれる親切
こんな気持ちに、たくさん元気をもらってきた。




が、「無理!」
ということも沢山起こった。

どうしても元気の出ない日。
笑える気力さえもない日。

マラケシュのメディナをとぼとぼ歩いていると、知らない人が声をかけてくる。

「どうしてそんな顔をして歩いているのさ??」
「スマイル! スマイル!!」

そんな風に、声をかけてもらえることがどんなに幸せなことかと分かっていながら
自分の気持ちが優先で

「どうやったって、スマイルなんかでないよ!!」
「どうしていつも、あなたたちは笑っていられるの!!」
と、こころの中で当たりそうになったこともあった。



友人と旅行中、いつしか友人の知人やその知人の知人までが乗り込み
モロッコ人でわいわい溢れかえった車の中
お酒を飲んで調子が上がってしまい
錯乱状態といっても過言でなかった友人が
あまりに傍若無人に自分の都合だけでわたしたちをどこまでも連れ回している状態に
すっかり不機嫌になってしまった。

友人の知人がわたしに言う。

「どうしたの?? ハッピーにならなきゃ!!」

どうしても納得が出来なかった。

お酒でテンションの上がってしまった友人に
皆がしぶしぶ調子を合わせているだけの状況。
迷惑と感じている人も中には居るのをわたしも分かっていたし
自分は彼らよりも友人と親しい関係にあるからに
わたしとしても皆に申し訳ない気持ちもあった。

そんな、しぶしぶからハッピーへって...

「友人の勝手気ままさ、これはヒドイものだと思う。」
「この状況でも、わたしはハッピーにならなくちゃいけないの??」

後部座席のわたしに振り返って話してきたその友人の知人は
前に向き直り、だまりこくって真剣に考え続けてくれた。

しばらくして、友人の知人は再びわたしに振り返り
「そうだね、それでも君は今居るみんなと協調してハッピーにならなくてはいけないよ。」

愕然とした...
自分の中の価値観のようなものが、少なからず吹っ飛んだ1つだった。

これが、モロッコ、イスラム教なのだと。



それからしばらくして、こんな事もあった。

ゲストの方たちと、サロン(居間)にてみんなで集まってあれこれ楽しんで居たとき。

どうしても、その雰囲気とは気分の合わない日本人の彼女が
隅っこで黙って座っていた。

その場は、皆が日本人で、モロッコ人の友人がひとりだけ。

私たちだって、彼女がぽっつりしているのは分かっていたけれど
それが、日本人の親切なのだ。

嫌なら彼女は、他の場所に行くだろうし
みんなと一緒に居ながらも、自分の世界の中にいる彼女
それが今の彼女なのだろうから
そっとしておこう。

そこで、モロッコの人が彼女を見逃すわけがなかった!!

彼女の横に座ってみては
「どうしたの??」と声をかけつつ

おちゃらけたギャグを見せて、彼女の笑顔を取り戻して
みんなと一緒に楽しめるようにする友人。

彼女は、「大丈夫だから。」そう言ってモロッコ人の友人に配慮するけれど
気を取り直して輪に参加するわけではなく
やはり大事な彼女の世界の中にいる。

それでも諦めないモロッコ人の友人。
何度も、彼女にそばに行ってはおちゃらけてみる。
「一緒に楽しもうよ!!」と。

両者の気持ちが分かるだけに、横目ではらはらする気持ちがあった。




そんなモロッコの人たちとの経験を繰り返すうちに
わたしも、少しずつ気づいた。

外に発散するエネルギーの高さを。

嘘でもいい、街を歩き、笑い楽しむ彼らの気持ちと自分の気持ちを合わせてみる
何かを不安に思うことよりも
今の瞬間を思い切り解放し
宇宙こそのみ込む?存在しうる全ての事柄と協調し幸せを感じる

その積み重ねこそが、全てなのではないかと。


もちろん、エネルギーのレベルがフルにキレっぱなしは実際危ない。
必ず、高いものには、低いものがあって
バランスが必要である。

自分の世界だって大切。
その中から、いろんなものが開く可能性だってある。

ただ、そのバランスがモロッコの人は絶妙に上手なのである。

人との距離が近く、誰とだって仲良く楽しく協調している彼ら
実のところ寂しがり屋で、1人を嫌う傾向があるけれど
それでも必ず1日に1回は、1人の時間を作っている。

それは、大げさなやり方でなくて
通勤に向かう徒歩の時間や、運転をする時間などを上手く利用したり
家の中でもコーヒーを飲みながら一瞬の一服でぼーっと漂ってみたり
空や、海、山、公園など身近にある美しいものと対話する

一日の中の小さな時間で、自分のこころとの対面をして
また、解放に向ける。

小さなことは忘れて、ポジティブに向かう。

解放したこころは、他人への奉仕も厭わない。
自分の時間を、人の為に使うことさえ厭わない。



それぞれのやり方、それぞれの生き方
その方法は、なんでも良いのだと思う。

ただ、わたしはモロッコに来て
彼らが共有する人との時間の在り方を知って
これはなかなか良いのではないかと、盗んでみたのです。


今では、マラケシュのメディナの高揚と気持ちが反比例して歩くことはなくなりました。

ちょっとした嫌なことだって
街中に溢れたモロッコの人々のポジティブさが吹き飛ばしてくれるし
自分もまたそのポジティブさに歩調を合わせると
街からもらった高いエネルギーと同じエネルギーを自分も発散し
よい循環が産まれています。


●写真は、日暮れの近いジャマエルフナ広場とクトゥビア。
 この広場のエネルギーの高さは、お祭り並みです。



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oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
ワンミニッツ!



フナ広場の一角にあって
いつも賑わっているモロッコ料理レストラン。
低価格で美味しいと、観光客だけでなく
地元モロッカンもよく利用するお店があります。

ただこのお店待たされること、多々。
それを踏まえたうえで出かけるのですが。

案の定席につくも、放置…?

しばらくしてメニューをちょうだいと一応言うも

すかさず
「ワンミニッツ」
と返ってきました。

了解です。

数分経ったように思って
ついウェイターをちらりとみやってしまったら。

「ワンミニッツ」

あれ、また1分。増えた?
それとも、まだ彼の言う1分に及んでいないのか。


メニューもなにもないため、ぽかりとなにもない時間が発生。


時間にしたら、5分くらいでしょうか。

メニューがやってきました。

さらりと目を通し、さて、決まった!
おじさんを呼ぼうかな。
でも忙しそうだから、あちらのタイミングで
できればあちらから声をかけてもらいたいのだけど…。
こちらの様子には気づいてもらえません。

なので、主張をします!
「すみません、注文をお願いします!」

と、打てば響く
「ワンミニッツ!」

…はい。

いよいよそんなに焦るなよーと言われているような心持ちに。

静かに待っていると、まもなく肩をポンと叩かれて
ほら来たよ、と言わんばかりのウェイター。
私がそわそわと待っていたのに気づいていたかのように。

そんな私は少し慌ててタジンを頼みます。

おじさんはというと…
急ぐ様子は一切みられず。
ゆったりとした調子でオーダーをとります。

あまりの悠然たる態度にちょっと拍子抜け。

なんだか時間軸ののびきってしまったような
その後も妙にぽっかりとした時間が生まれました。

そんなにお腹が減っていたわけでもないのに
あれ、やっぱり私が少しは慌ててたのだろうか。
待つのはそんなに苦にならない方だと思っていたけれど
全くもってモロッコ人にはかなわない。

1分と言われなかったら、どれくらい待つの?
と思うところ、そう言いきられたら、言い返す余地もなく。
妙な説得力のあるような「1分間 」

ただし、それは1分でも60秒でもなく。

ちょっと待ってね
そんなに待たせないよ(つもり?)
を要約した言葉なんだと解釈。

いくらでも延びるそれは、説得力をどんどん失ってはいくものの
それは時間でも、もはや言葉ですらなくて
妙な呪文にでもかけられたような。
そんなモロッコ時間へと迷いこむ。

そして時間の概念もどこへやら。
あってないような
そんなモロッコ人の時間感覚と
その時間だからこそ持てる余裕のような
はたまた豊かさのような
それを少し体感できたような1分。


この、1分と言われることが妙に気になったのも
「ワンミニッツ!」と言われることが
あらゆるシーンであまりにも続いたから。

あちらでもこちらでも、とにかくよく耳にします。

とあるお店で革製品を探してたところ。

おじさん、この形のものの黒はある?と聞くと

返ってくる「ワンミニッツ」。

そうしておじさんは姿をくらまします。
商品をどこかへ探しに行った模様。

OK、イップンね。

ぽっかり。

どれくらい時間の経ったものか、よっぽど経ったと思うのですが
ごめん、なかったよーと、苦笑いで戻ってきたおじさん。

私はその間に、夢中で色んなものをみて
迷っていた次に行くカフェも心に決まり
すっかりお気に入りのものもみつけていました。



どうやら、英語でいう「ちょっと待ってね」の「one second」、「just a moment」などを
フランス語では、「une minute(1分)」
アラビア語でも、「ブラッティ・ワハドゥ・ダケカ(1分待って)」とも言うようです。

だから、ちょっと待ってねで本来の英語では使わない「one minute」は
アラビア語やフランス語を話すモロッコの人々のオリジナル英語。

といっても、アラビア語、フランス語はもちろんのこと、英語さえ分からないわたしは
そのまま時間の長さとして聞こえてしまったのです。


ただ、その1分マジックが気に入ってしまったわたし。
このごろ、その「イップン」と言われると
ちょっと得をしたような気持ちになるほど。

なんとなく、変幻自在な時間を手にいれられたような
そんなモロッコの呪文?「1分間 」なので
これからも、「 ちょっと待ってね 」ではなくて
お気に入りのものでももらった気分で
モロッコ時間を楽しみます!!


●写真は、屋台が出て賑わう夜のジャマエルフナ広場。



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