タイル・トリップ
 
モロッコの石膏タイル様々な見本



house13の床の一部のタイルが壊れてしまい
その部分だけ新しくタイルを付け替えてもらおうと訪れた
石膏タイル屋さん。

以前、タイルの種類についてこのブログでも書いたけれど
わたしは、石膏タイプのタイルが一番好き。

偶像崇拝が禁止されているイスラム教では
イスラムの礼拝堂であるモスク内部を
モザイクタイルで幾何学模様に飾り精神世界を表現した。

このことが、現在もモロッコにも続くイスラム圏のタイル文化に
繋がって行ったのだろうというのはわたしの予測でしかないのだけれど
もちろん、昔から宮殿や大邸宅にはモザイクタイルが利用されているし
それは今でも同じで
タイルの中で、職人の技術と文化の真骨頂であるのがモザイクタイル。
高価な物である。

ただ、この石膏タイプのタイルは
石膏の持つ柔らかさや色合い
絵柄の豊かさなどから
モザイクタイルよりもずっとわたしの心をヒットし続ける。
house13の床も、すべて石膏タイプのもの。



街中に割と良くある石膏タイル屋。
そこで手作りで1枚1枚作られている。

各お店には、タイルの見本が飾られているのだけれど
気付かなかった
こんなご近所のタイル屋に
こんなたくさんのタイル見本が並ぶ棚があったのを。

はああああ...

たくさんの柄のタイルを見ているだけで楽しすぎて幸せに。

なんでこんなにタイルって魅力的なんだろう...

house13にあるタイルは珍しい絵柄のものなので
特別に作ってもらおうとタイル屋に行ったのに
おじさんそっちのけで
見本棚の前にから一歩も動けなくなってしまった。


何が楽しいって、この中から選べと言われているわけでもないのに
おしゃれな柄、楽しい柄、モダンな柄、エッシャー的な迷わせる柄
何を象徴しているのか考えさせられる魅惑のデザイン柄
あれだけ並んでいると
楽しい雑貨屋?
ディズニーランド?
お菓子の国に来た??
もう、夢の中だった。


どこの国のタイルでもそうだが
タイルが1つ面白いと思うのは、隣にもう1枚が来ても繋がる様に出来ているデザイン。
更には、4枚が合わさって1つの柄になるというタイプのもの。
だったらなぜ、4分割したのだろう?
4枚を1枚にすれば良かったではないか??

日本でも使用されている4枚タイプ
子どもの頃から、歩道のタイルが4枚で1つの柄になっているのを
いつも不思議に思っていた。

そして更にモロッコに来てからは
何故自分は、タイルのデザイナーにならなかったのか?とさえ思ったほど
その4枚で構成されるデザイン
4枚で終わらないデザインの物は
4枚の周りを囲う次の12枚が来て
でももちろんその12枚でも終わらないという永久に酷く惹かれた。

1つで完結しているタイプもあるのだけれど
それでもやはり、何枚もが連なっていくことによって
産まれていく視覚効果が、とても面白いと思う。

そして、床面に貼るタイルに合わせた幅木ならぬ幅タイルもあるのが
またおしゃれなのだ。



そんなこんなと、タイルの深みと戯れまどろみ続けていたかったところ
タイル屋のおじちゃんに「どうすんの??」と催促され
交渉開始。

どうやら、型から作らねばならぬので1枚当たりが既存の7倍のお値段。

床全体を張り替えるならともかく
15枚くらい欲しいだけなのだ。

ならいいや。
柄でなく1色のタイプをちょうだい。

と、白地に蜂の巣柄のhouse13床タイルに使用されている
黄、赤、青のなかで
一番色の濃くない黄色を選んでみた。





モロッコの石膏タイルhouse13


その結果がこちら。
段差の部分は、降りる際に人の体重がかかる為
壊れてしまった部分なのだが
あれ? むしろ同じ蜂の巣柄を持って来るよりも
締まりが産まれて良かったんじゃない??

たくさんのタイル見本で夢を見て
計算ならぬところで良き結果を得て
ほくほく。


が...
雑な仕事のモロッコ職人さんなら
日本人が丁寧に仕上げた方がいいと
自分たちだけで家を補修することも少なくないのだけれど

セメントの扱いはどんなに几帳面な日本人の手で丁寧に扱っても
上手く行かない経験から
これは、プロの職人さんにやってもらおうと貼ってもらった黄色なタイル。

翌日には、一部がちゃんと固定されて無くカタカタ動く...
えー、人の重みがかかる壊れやすい段差部分。
ということは、もう近い未来にまた補修が必要となる。

輪廻と言えるモロッコ補修は、もちろん続く。




oto

house13
太陽と満月が向かい合う。

モロッコ、太陽と満月が向かい合う


モロッコ、太陽と満月が向かい合う



イスラム教は太陰暦。
1ヶ月は新月から、次の新月が来れば次の1ヶ月が始まります。
だから、1年間は太陽暦(西暦)よりも10日ほどずれていく。

1日5回のお祈りの時間は、太陽の位置で決まるので
時計とは合わない。
もちろん、日が長い時期と短い時期ではお祈りの時間も変わる。
まるで植物みたいに、一年のリズムが太陽と平行している。

もちろん仕事や学校、通常の事は
西暦や時計で動いているけれど
この国の基本は、月と太陽のサイクルで成り立っている。


乾燥気候のために光が強く
太陽も、月も、星も、これでもかと目に飛び込んでくるし
月に地球の影がくっきり写っていることも少なくない。
何よりも高い建物が少ないので、それらが特に身近になる。


こうした環境から、モロッコに住み始めて
天体というものをすごく感じるようになった。

わたしは女性なのだが、不規則だった月の物が
月のサイクルと同じで規則的に来るようになったのも
たまたまかもしれないが
体さえ反応しているようにも思えている。


そんなことで、月はその形に寄って月の入りや月の出が
ほぼ決まっていることもやっと知った。

新月は、ほぼ、日の出と共に昇り、日の入りと共に沈み
満月は、ほぼ、日の入りと共に昇り、日の出と共に沈む
良く出来たサイクル。


そして、先日わたしはすごい物をみてしまった!
太陽と月が地平線の上、東と西で向かい合う瞬間!
生まれて初めて!!

満月になる数日前の月は、太陽が沈む少し前に昇るので
正式には、満月と太陽が向かい合ったわけでないけれど
ほぼ満月に近い丸い昇ったばかりの月と
沈み行く太陽が
自分を挟んで左右に向かい合ってるのは、本当にびっくりした。

こなことってあるんだ!!
同行していた友人と車を止めた。

360度開けた土地でなければ、見ることは難しいこの状況
例え荒野の多いモロッコでも
なかなかこの条件が当てはまることは少ないかも知れない。
日本だったら、北海道あたりなら可能なのだろうか。

ティズニットという街からグールミンへ車で向かっているときだった。
はっと視界が晴れた荒野で、道の右手に沈み行く太陽をきれいだな〜なんて思って
たまたま左を見たら、月!!


新月や三日月の時は、太陽と同時に日中の空にあるのだけれど
太陽は昼、月は夜、ある意味真逆の存在のように記憶しており
その両者が、しかも同じような大きさで向かい合っていた時は
太陽イコール光、月イコール闇とか、どんなそのイメージも吹っ飛ばし
大きな似たような天体が向かい合っている感じで
数分もないその出逢いの瞬間に居合わせたことが
奇跡みたいな嬉しい出来事だった。


そんな感動を写真に納めたいとカメラを持って気付く...
自分の右にあるものと、左にあるものは、同時に納められない!
じゃあ、数歩下がれば物や建物なら2つを撮ることが出来るのだけれど
これは天体で
どんなに距離を取ったって写真には納められないことに
身をもって気付いたときに
大きさ、世界、存在、様々な事を感じた。

なので写真では、それをみなさんに伝える事は出来なくてとても残念だけれど
その場に居たものしか見ること感じることの出来ない
貴重な体験だった。


太陽と月、地球と、それ以外の天体たち
宇宙感のようなものを
その生活から、視覚からも、教えてくれるモロッコ。

来て良かった! 住んで良かった!
ということが、どんなに長く住んでもあるから辞められない。



oto
MOROCCO その他の街で
そうなっている

マラケシュ 門 陰影



みなさま、お久しぶりです。

このブログを楽しみにしていただいている方もあるというのに
すっかりご無沙汰してしまいました。

そして、その間に年まで明けて
早くも2ヶ月が経とうとしています...

モロッコは、春めいています。
夜はまだ肌寒いですが昼間は太陽が気持ちよく快適な季節となりました。

緑の少ないモロッコですが、それでも新緑が芽吹く時期。
この後は、1年の中で一番美しいこの時期
ぜひぜひみなさん、モロッコへいらしてください。





本日は、昨年お手伝いしてくれていた、めるはちゃんが
日本への帰国の日に起こった出来事。




日本へ帰ることがようやく実感できたのは
マラケシュの空港へと向かうタクシーに乗ってからでした。

house13とみんなに別れを告げると
これまでよくわからないでいた、マラケシュを離れるということに
ようやく心が働いてきて、涙がとめどなく溢れ出てきました。

house13でよくお願いしてるタクシードライバーさんの運転。
後部座席で、離れれば離れるほど涙は出てきて
子どものように泣きじゃくってしまいました。

するとフロントガラスの向こうから
お葬式の長蛇の列がこちらに向かってやってくるのがみえました。

私はつい唾をゴクリと飲んで
気付けば涙もパッタリと止まっていました。

運転手さんはすぐに車を止めて降り
胸に手をあてて行列が通り過ぎていくのを静かに見送りました。
私はその間じゅう息を飲みながら
『終わり』ということを
タイミングとその光景から伝えられたような気がしました。

「色んな人生があるね。」
と戻ってきた運転手さんに言うと
「また、戻ってくればいい。」
と笑顔でそれだけ言ったのですが
私に対して言ったのか
亡くなった方に対して言ったのか。
よくわからなかったのですが
どちらも、同じことだ、と感じるように思いました。

自分の意志とはまた別のところで
法則のように巡っているものがあったとして。
「終わり」はその節目として、あとに繋がるための大切な機会。
それはちゃんとわかるように
色んなものや出来事が、言葉でなく教えてくれる。
そんな気がしてなりませんでした。

マラケシュでは、そんなことばかりを教わった気がします。

しばらく進んでいくと、今度は信号待ちの間に
目の前をまた別のお葬式の行列が信号を渡っていきました。

モロッコに一年半滞在し
お葬式の行列をみたのは
それまでにたったの2度だけ。

よくあると聞くのに
今日の3度目まで、1年近くみかけていなかったのに
なんと今日に2回も。



『終わり』ということについて
人生の、はたまたもっと大きなスパンで
それがなんであるかということを
考える少し手前のようなところで
感覚的にもう一度問いかけられるかのように、彼らを見送りました。

そしてまたも、こぼれ落ちてくる涙を拭いながら
冗談のように、二度あることは三度あるって言うけれど…
と思った矢先
今度は少し離れたところを斜めにいく
また別のお葬式の行列をみかけたのでした。

あ、こういうことだ。
と、考える隙もなく、言葉にもならずに飲み込みました。

空港まで15分くらいの間の出来ごと。

全くただの偶然だったかもしれないけれど
モロッコの人たちは、偶然を必然のように自然と捉えるところがあります。

考えなくとも、こちらが心を開いたなら
どこからともなく教えられることばかり。

そうやって受け入れられるからか
この土地だとか、なんらかの要素から発生しうるものなのか
どういうことなのか、結局はよくわからないままだったけれど
この偶然のようなことが、ここモロッコではあまりにたくさんみられたのでした。

自分の心がちゃんと自分の中にあったら
(コーランの教えによれば、神の召すまま)
ちゃんとなるようになっていく。
その不安なようで大らかなその観念には
すっかり身を任せてしまえる、なにかとてつもない寛大さがありました。

自分の身に起こることも
身の回りに起こることも
社会の中で起こることも
ある意味、全て現象のような気がしてなりませんでした。

この日はちょうど満月が欠け始めたばかり。
満月は開花に例えられたりもしますが
そこから実をつけ、落とし
また芽を出していくように。

私たちも自然や宇宙の法則の中で生きているのだと
モロッコでみてきたことが
全て腑に落ちたような気がしました。

とてつもない大らかさやその裏のようなしたたかさまでも
温かく、愛しいモロッコ。

果てしないその魅力へと案内してくれたhouse13と
自然や宇宙への感謝や畏敬までをも感じながら
また繋がって始まっていくこれからを祈るように
日本へと向かったのでした。



日本へ帰国してから随分と経ちますが
いつまでもわたしのすぐ隣にある
強い太陽の光と共に、その輪郭が鮮明なモロッコでのhouse13での日々。
そして、house13でのたくさんのみなさまとの出逢いは、わたしの宝です。
ありがとうございました。

これからもhouse13がすてきな出逢いの場となりますように。



めるは

MOROCCO MARRAKESH DIARY
探しもの。




このブログでも何度か書いている
モロッコの人たちの「フォーゲット式」。

本日は、探し物について。

そう、探し物がみつからなかったら、一度忘れること。


モロッコ人の友だちと一緒に居ると良くあったのが
部屋の中で、ペンとか、ライターとか、小さなものがなくなったとき
それまた小さな部屋を時には3人で一生懸命探すけど見つからない。


捜し物にも順序があるもので

「ない」

となると、とまず反射神経的に思いつく当たりをとにかく探す。

それでも見つからないと、過去を振り返る。
あの時ここにあったんだから、最後に見たのはここだったんだから
そして、少し冷静になってもう一度探す。

それでも見つからない場合
その「探す」ことへの集中力がパタっと切れる瞬間がやってくる。

そのタイミングで、必ずモロッコ人の友人が言う。

「一旦、忘れよう!」

まあ、見ているとその忘れざまがあまりにも見事。

一瞬にして、他のことをして楽しみだしている。

どこにあるのか気になるなあ、と思いつつも友人の言うとおり努力して忘れてみる。



しばらくすると、「さっき探し物していたんだ」という過去を思い出すのとは違って
「あ、そう言えば」的にふっと間がさしたように思い出すときがある。

そしてもう一度探すと、一瞬に見つかった。

もしくは、忘れている間に
向こうから探し物が歩いてきたんじゃないかと、目の前にあったりした。



それが、モロッコで知った物探しのコツなのだけれど
物と言えば、こんな経験がわたしにはある。

イギリスに長く住むことが決まり、その出発日も直前となったころ
日本で長く愛用してきた自転車に乗りながら
「この自転車ともお別れだな。」
そう思った次の日、その自転車が盗まれた。

「そろそろ買い換えなくてはいけないかもな。」と思ったものが
いいタイミングならその次の日、でなくても買い換え前に壊れてしまったこと
無くなってしまったことが多々ある。


それから少し怖くなって
出来るだけ物には、ネガティブなイメージを持たないようにしている。




探し物も、無くし物も
物に自分の気持ちが通じているかどうかは別だけど
自分の気持ちと、物との間に、なにかタイミングみたいなものが
あるように思えてくる。


特に、探し物のそのコツを考えるとき
今ではわたしも、物を探すときはもちろんフォーゲット式を採用していて
これがかなり見つけ出す高い成功率を持っているのだけれど

要はきっと、無用な固執は良い結果をもたらさないって事なのかなと思っている。

それは、人を思う気持ちであったり、何かを願う気持ちであったりしても。




人とでも、物とでも、見えないものとも、結局バランス。
故に、タイミングを逃さない。

この作業が、モロッコの人たちは本当に上手。

それは、この国を照りつける太陽が
人に力を与えたり、能天気にさせてくれる故かも知れないけれど
かなり使える大切な人生術だと思うのです。


ということで
クリスマス色の薄いイスラムの国モロッコより
ハッピー・クリスマス!


oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
ジブラルタル海峡をわたる ー タンジェ編




ジブラルタル海峡をわたる。

前回のスペイン・タリファ編に続き
今回はモロッコ・タンジェ編。


タリファの街からタンジェ行きの船が出る港は、歩いてすぐ。
このタリファの落ち着いた雰囲気をもっと味わいたい・・・と、後ろ髪ひかれつつ港へ。

帰省のため大荷物を持った
たくさんのヨーロッパに住むモロッコの人たちと一緒にだらだらと並び乗り込んだ。
いざ、出航!

船内には長い列が出来上がっている。

モロッコへの入国手続きが始まっているようだ。

入国カードをもらって私も列に並んでいると
字の書けない何人ものおじさんたちから、記入のお願いをされわたしも大忙しに...

船の先にアフリカ大陸を見つけて上陸を噛みしめたかったのに
そんな間もなく、モロッコに到着。


船を降りると、タンジェのメディナが目の前に見渡せる。
客引きのタクシーのおじちゃんらが集まってきて
誰もわたしをほっといてくれない。

そんな喧噪とエネルギーのあるモロッコに戻ってきたんだ・・・と
たかだか35分のフェリーを乗っただけなのに実感する。

「ただいま。」



目の前!に見えていたけれど歩くと結構距離があった、港からメディナ。
しかも急な坂道を登る。

旅行者は少なく気軽に話しかけてくれる地元の人もマラケシュほど居ない。


目に入るすべてがふんわりとしていて、不思議な感じがする街並み。


途中、道で会ったおじさんに、カスバ博物館には行った?
近くにあるから行くといいよ。
とおすすめされた。

きりりとした建物内、気の落ち着く空間になっていて
白を基調に緑の配色がとてもきれいだった。



博物館から出てくると、またそのおじさんと再会した。

おじさんは、リヤドを改装しているデザイナーらしく
おじさんの手がけたリアドを案内してくれた。
とっても楽しく、心がぽっとあったまるような遊び心のあるデザインだった。

さらに、現在工事中の現場へも。

モロッコの職人には図面で描くよりも
その場で、ここに穴を開けて、大きさはコレくらいで・・・っと
体と口で表現するのが、一番伝わりやすくて間違いのない方法だ!と。

そのほうが自分も楽しいって、モロッコの門を模った
なんとも手作り感たっぷりのプラスチックの型を持って
どこに穴開けるかな〜と、現場内をうろうろ。

モロッコでは、ここが何センチで!って言ったところでその通りになることはなく
水平垂直さえもままならない。
君が思う普通!は、通じないよ。

ゆがんでいること。きちっとしていないそれも味!遊びが大事!

自由。

あたりまえっ!なんてなくて、なにもないほうがたくさんのことを想像できるんだよ。

この、おおらかさが生む、モロッコの自由なデザイン。


職人さんとおじさんと一緒にコーヒーをいただいた。
目の前にあるカフェのおじさんにコーヒーお願い!って大きな声で注文する。
みんなでおしゃべりをしながら、ほっとするコーヒーを飲み
向かいのカフェのおじさんに
「このコーヒーは、どこよりも一番美味しいっ!!」 って
道を挟んで話す姿がとても気持ちよかった。


タンジェには、ここを訪れた人を惹きつける魅力があるんだよ。と、おじさん。
多くのアーティストもみんなここに帰ってくるんだよ。
わたしの大好きな画家アンリ・マティスもそのひとり。
他にも、ジャン・ジュネやポール・ボウルズ・・・

以前ブログに書いたおじちゃんもそのひとり。
http://moroccocco.jugem.jp/?eid=213


あぁぁーっ!あんたもきっとタンジェマジックにかかったよ!
きっと、戻ってくる。そのときはタンジェリン(英語でタンジェの人)だ。

「タンジェリン・・・。」 かわいい響き







その後も、わたしのタンジェひとり散歩はつづく。

ギャラリーを覗いたり、カフェに入ったり
ぽかぽか陽気も手伝って
どんどん足が進んだ。



前から行ってみたかった ”CAFE HAFA”へ向かって坂を登る。

ここは、さっき会ったおじさんが言ったように
タンジェに惹きつけられた、外国人の画家や詩人、作家たちも集ったカフェ。

ここまでの道のりも、いい感じなのだ。

なぜか、メニューはミントティのみ。

カードゲームをする若者や、おしゃべりをしてるおじさんが群れて
寄り添うカップルがちらほらいて

丘からタンジェの海が一望に見渡せて
一日中でもぼーっと海を眺めていたくなるような、そんな場所だった。



そして最後に、これも前から言ってみたかった映画館 "CINEMA RIF" へ。

古い映画館を、アニエス・ベーなどフランス人デザイナーが監修している。

だから?
ここのインテリア、かっこいい。

それに、館内のポップなインテリアに負けない
ポップな柄のジュラバ(モロッコの民族衣装)に、ポップな柄のスカーフを巻いた
モロッコのおばちゃんがチケットを販売しているのがまたいい。

一枚お願い、というと
今日はお客さんがいないので映画は中止なの・・・・カフェならやってるから
コーヒー飲んでゆっくりしてってねと、優しいおばちゃん。


プログラムを見ると上映している映画もおしゃれなものばかり
料金は1本 20DH。
近くに住んでたら、通ってしまいそう!!


映画は見れなくて残念だけれど
ゆっくりと、この空間を味わった。



1泊2日のタンジェの旅。
盛りだくさんで、お腹いっぱい。

帰る頃には、わたしもすっかりタンジェの魅力に捕りつかれたよう・・・
タンジェマジックにかかってしまった!??



帰りは、寝台列車を初体験。

夜行列車は、2等、1等、寝台があり
等級の違う列車との間には頑丈な鎖と鍵がかかっていて
セキュリティはしっかりしているよう。

2段ベッドが4つ並んだ部屋の、上のベッドに横になると
早々に電気が消えて真っ暗に、早朝にはマラケシュに到着となります。

さよなら・・・タンジェ。
また、来ます!



●写真1枚目 CAFE HAFA カフェ・ハファから
  写真2枚目 CIMEMA RIF シネマ・リフのカフェ


すっかる
MOROCCO その他の街で
ジブラルタル海峡をわたる ー タリファ編

モロッコ、ジブラルタル海峡、タンジェ、タリファ、フェリー



タリファ ・タンジェ 350DH 35分

・タンジェの港 旧港 メディナ(旧市街)

・タリファ・アルヘシラス間 無料送迎バス有
 乗車時間50分程度



アルヘシラス・タンジェ 350DH

・タンジェの港 「Tange MED」新タンジェ港

・新タンジェ港とタンジェ市内(CTMバスターミナル) 45Km
 無料送迎バス有 1時間に1本 乗車時間40分程度

・アルヘシラスの港から、鉄道駅、バスターミナルへは徒歩15分程度
 スペインの各都市へのアクセスが便利



●船内の売店やカフェはユーロのみ利用可。

●天候による遅れ、乗客が少ないと人数が集まるまで出航しない等
  出発時間、到着時間は正確でないことが多い。



スペインとモロッコを結ぶ船は
・スペインのアルヘシラスとモロッコのタンジェ間
・スペインのタリファとモロッコのタンジェ間
要するに、スペイン側にはタンジェを結ぶ港が「アルヘシラス」と「タリファ」の2つある。

スペイン国内の移動が便利なのはアルヘシラスなので
殆どの旅行者は、ジブラルタル海峡を渡る場合
アルヘシラス発または着を利用することになる。

2年ほど前からタンジェでは、このアルヘシラスを結ぶ港が新しく出来たのだけれど
タンジェ市内から離れている。

タンジェ駅から新タンジェ港まで列車がつながったという話もきいているけれど
未確認情報です。

なのでタンジェ市内・新タンジェ港間は
1時間に1本出ている無料送迎バスかタクシーを利用することになるのだけれど
お勧めしたいのが、タンジェ・タリファ間のフェリーを利用して
タリファ・アルヘシラス間は無料シャトルバスを利用する方法。

タリファとのフェリーの運航は、現在もタンジェ市内の旧港からで
旧港はメディナ(旧市街)のすぐとなりと便利。

タンジェ市内・新タンジェ港も無料送迎バスが出ているのだから
タンジェ市内・新タンジェ港・アルヘシラスと
旧タンジェ港・タリファ・アルヘシラス
どちらも変わりはないのだけれどお勧めする理由は

まだ多少文明の通じるスペイン内で無料送迎バスを利用して置いた方が
いいのでは?というところ。
アルヘシラスから旧タンジェ港について、無料送迎バスがなかなか見つけられず
タクシー運転手にバスはないと嘘をつかれて無理矢理タクシーに乗せられそうになったり
夜遅く新タンジェ港に到着して、バスが終わっていたために
タクシーを交渉するしかなかった
というゲストの方の体験談から。

そしてもう一つ、味気ないアルヘシラスよりもずっとかわいらしい街タリファ。
移動の際中にちょっと立ち寄れる場合は、お勧めの街。


ただし、どちらも適当な国なので
タンジェからタリファ、その後アルヘシラスへ向かう場合は
タンジェのチケット売り場や、フェリー乗車時に
タリファからアルヘシラスへの無料送迎バスの有無を必ず確認してください。



また、モロッコ滞在中に一度ジブラルタル海峡を渡ってスペインに一足だけ行ってみたい
という、またモロッコへ戻ってくるプランを計画中なら
もちろん、タンジェ市内から出港でき、かわいらしい街タリファに行く方が
断然オススメ!!



下記は、そんなジブラル海峡を渡るマラケシュからタリファまでのプチ旅行、タリファ編。




モロッコ、列車、少女、タンジェ



マラケシュから、夜行列車に乗りタンジェへ。

2等列車のボックス席を陣取り
売店で買ったおやつを頬張りながら、音楽を聴きながら、景色を見ながら
列車はゆーっくりゆーっくりと進んでいきます。

いつの間にか眠ってしまって
ふと目が覚めたら、列車は停車したまま動くそぶりを見せず
そして、全ての電気が消えて真っ暗の車内

窓の外に満月だけが、ぽーんっと浮かんでいて
やっと列車が動き始めたのにも、電気は消えたまま・・・
どこまでもついてくるお月様を見てロマンチックだなーって思いながら
また眠ってしまった。



真っ赤な朝焼け!
ひんやりとした列車内にだんだんと太陽のあたたかな光がさしてきたな・・・
と思ってるうちに
ワゴンで運んできたコーヒーの香りに包まれ、朝を迎える。

通勤の人たちがたくさん乗ってきて、にぎやかになった頃にタンジェ到着。

列車の旅もなかなか。



今回の目的は、船で海を渡りスペインの地を踏むこと!
というわけで、駅からタクシーに乗りタンジェ港へ

「タリファに行きたい!」と告げると
「じゃぁ旧港の方だね」とタクシーのおじちゃん
旧港までの途中にチケットショップに寄ってくれて、タリファ行きのチケットを購入。

そこで、パスポートを出すとおじさんが出国カードも記入してくれた。

※アルヘシラスに行きたい人は、港が違うので注意!



いよいよ、アフリカの海の玄関に到着!

ヨシッ!と気合を入れてターミナル内へ。

大きな荷物をたくさん持って、スペインに行くんだ!!
という意気込み感じるモロッコの人たちと一緒に列に並び
流れさるがままに、船に乗り込んだ。

とてもきれいな船内、どこに座ろうかぐるっと船内を一周
お客さんはチラホラのまま出港!!!

船で大陸を渡る!という自分がとってもかっこいいことをしているような気分に浸りながら
あっという間に、見えてきたスペイン!
じーん・・・・・とひとりで興奮!

船を降りて、出国手続きをすませターミナルから外に出る。

小さな港。

改めて、自分が渡ってきた方角を見つめモロッコが海の向こうに存在していることを確認。



・・・と、港側から、すごい勢いで走ってくるモロッコ人青年と、それを追う警察官3人!

荷物を投げ、5メートルくらいの柵を登ろうとしたところ
警察官に足を引っ張られ靴が脱げて
ズボンが脱げて
地面にたたきつけられるように落ち
こん棒でふくろ叩きにされ
手錠をかけられて、捕まえられた青年。

まるで映画のワンシーンのような。

海を泳いで国を渡る!という夢をたまに耳にしますが
どうにか船にもぐりこんで、突破しようとしてあと少し!この柵さえ越えれば!
のところでやっぱり国を越えられなかった青年の姿を目の当たりにして

ビザがなければどこにも行けないモロッコの人たち
貧しい生活をしている人の中には
どうにか先進国へ行って、お金を稼ぎたいと思っている人も多い。

しかも、行けそうなくらい目と鼻の先に見えているのにも
そこには大きな境界線があるのだ。
と、考えさせられた出来事でした。




タリファの街は、とても小さくこじんまりとしていてお散歩するのにちょうどいい。

ウィンドーサーフィンやカイトサーフィンのメッカとしても有名で
タンクトップにショートパンツ姿で歩く人達ばかり・・・
サーファーの街。

おしゃれなサーファーファッションの洋服屋さんに、雑貨屋に、カフェのある
かわいらしい街。

気軽に入れるバルがそこらじゅうにあり、昼間からだってお酒も気軽に飲めちゃう。



船でたったの40分程度。
海を渡っただけで、そこはもうヨーロッパ。
アラビア語は通じない。

こんなにも違うのだ!



バルで一杯ひっかけつつ
海岸沿いをぶらーっと散歩。

気がゆるむ緊張しない街、タリファがとっても気に入ってしまった。

とっても大満足。
2泊のプチ旅行を終え、再びモロッコへ向けて海を渡る・・・・

次回は、モロッコの玄関口。タンジェ編。
お楽しみに!!


●写真1枚目 タリファのビーチ
  写真2枚目 車窓を眺めるモロッコの少女


すっかる







 2012-2013 年越し砂漠ツアー参加受付終了のお知らせ


ご好評につき、締め切り日前に定員となりました。
「砂漠で年越しをしたい!」そう思う皆さんに楽しんでもらいたい企画
希望の方全員に参加してもらいたい、そう思っているのですが
宿泊テント、ラクダに限りがあり、定員をなくなく決めざるを得なく...

通常ツアーは、12月30日から1月1日まで受け付けておりませんが
上記以外は、もちろん行っています!
クリスマスを砂漠で、新しい年を砂漠でリフレッシュなど
いつでもご参加下さい。

年越しツアーにお申し込みいただいた皆さま、大変ありがとうございます。
どうぞ楽しみに! 気をつけて! いらしてください。
お会いできるのを楽しみにお待ちしております。




house13的・旅の情報
砂漠の不思議





モロッコ人の友人と、モロッコ中のあちこちを車で移動する機会がある。

どこを通っても友人の関心は、そこに緑があるかどうか。

「なになにの木がある!」
「なになにの実がなってる!」

「うーん、ここは緑が多くて豊かな土地だ。」

それすらわたしにとっては面白いのだけれど

モロッコの気候はおおまかに、砂漠気候。

砂漠というと日本人にはイコール砂の山の砂丘を想像するけれど
非常に乾燥していて雨が極端に少ないのがその砂漠気候。

そんな砂漠なモロッコだから、水、緑は大切で
緑に関心を持つ友人の気持ちはとても分かる。



でも、ずーっと友人をバカにしていた緑に関わる友人の言葉。

「雨が降ったから緑が生えた!」

「んなわけない!!」とその度にわたしは心の中で叫ぶ。


雨が極端に少ない砂漠気候といっても、雨はもちろん降る。
モロッコでは季節の変わり目に1週間から2週間ほど、まとまった雨が降る。

降水量にするとどれくらいか分からないけれど
1日中、日本のように降り続くこともある。

けれど、年間を通して見上げればいつでも晴れ。
そして、肌が乾燥でかゆくてたまらないくらいの乾燥度。
だからそれって適度なお湿り程度で
まとまった雨が降ったからって、その雨が植物を育てるほどとは到底思わない。

だいたい、全ての土地が土というよりも泥に近いモロッコの土。
植物が育つほど、土壌が豊かでないと思う。

実際見渡す限り荒野砂漠なモロッコで
生えているのは椰子の木や砂漠に強いアルガンの木やオリーブ。
緑で潤されるこころすらも懐かしい。


それなのに、友人の言葉を聞いていると

たったつい先週雨が降ったから
「ほらあそこに緑が生えたんだよ。」

にわかに信じがたいどころか、植物というのはそんな単純なものじゃない
きっとあまり知識のない友人
雨の少ない土地柄、雨は大変な恵みだからそう思ってしまってるんだろう
友人の言葉を適当に流していた。


モロッコに住み始めて5年を過ぎる頃から
あれ? はて? もしかしたら?

友人に謝罪するべきなのかもしれないと思いだす。


モロッコを旅していると、沢山の川を渡る。
橋のあるものから、ないものまであるのだけれど
その殆どの川が干からびている。

さすが乾燥地帯、と思うのだけれど
面白いのは、雨が降るとそれらの川が簡単に氾濫してしまうこと。

日本の常識だと台風やそれと同じような大雨が来た時に川というのは氾濫するもので
たった1週間、日本の梅雨の様な雨が降ったからって
川が大氾濫って。

雨が降ったときにしか川にならない場所には橋がかかっていないことが多いので
たったそれくらいの雨で
バスが、タクシーが、一般車が
溢れた川を渡れなく通行止めになって目的地へたどり着けないことがほとんど。



ただ、それらの川の跡を良く見るようになって気づいた。

干からびた川となったくぼみには、直ぐ横の土地と明らかに違う。
緑が多いのだ!!

そう、あれっと思い始めたのが遅い5年たって気づいた...

いつもいつも豊かな川であった場所が乾いて緑は生えたのではない。
たった数日出来ただけの川の跡には、他よりも緑が多い?

あれ? もしや、わたしが自分の常識を誇示していただけ??

モロッコでは、雨が降ればすぐに植物が生える?

そして、完全にこころの中でごめんなさいを友人に言わなくてはならなくなったのは
つい先日。
訪れた砂漠で。



訪ねた砂漠の遊牧民宅周辺では、わたしが訪ねる1週間ほど前にまとまった雨が降って
その1日たりでも川が出来たそう。

もちろん
「これで緑が生える!と嬉しそうな彼らたち。」

遊牧民の彼らにだって、植物が生えれば放牧する家畜たちが食べることが出来るし
火をおこすための薪とだって手軽に手に入れることが出来るようになる。

でも、半信半疑なわたしはまた彼らの言葉を流す。



が、その川の跡とやらを歩いてひっくりかえりそうになった!


ちっちゃな緑の芽が、あっちこちというかそこいら中に!

しかも、こんなところじゃ根も張れないじゃないかという
ドロが乾いて瓦になったその1枚に、砂に、芽が!


誰かに話したい。
でも、周りにはモロッコ人しか居ない。

ちょっと待ってよ。
雨が降ったのってたった1週間前じゃない。
それで、緑の芽がそこいらじゅうにってさ。

一人で会話して、一人で納得させてみる。

そうなのらしい。砂漠では、雨が降れば緑がすぐ生える。



通常は、植物の落葉や落ちた枝、あるいはその植物で生きる昆虫の死骸などが養分となって
土壌が育てば、植物が育つ。

けれど、砂漠の土壌微生物というのはいつか水をもらえるその日まで
エネルギーレベルを落として
例えば胞子という格好で乾燥状態でもじっと絶えて生きているんだそうです。


さすが、強え。
砂漠に生きるモノの全ては。



モロッコに来て、そこに暮らす彼らの習慣、考え方などから
ありとあらゆる価値観が崩れ落ち
気候や風土というものが、どれだけわたしたちの生活へはもちろんその思考まで
影響を与え育むのか
これでも柔軟に理解し、学んできたつもりだった。

でも5年もの間、頑なに違うと認められなかった「砂漠の緑」
やっとここに来て自分がひっくり返された。

知識がないなんて友人をバカにしていたそのわたしが恥ずかしい無知だった。

自分の持つ常識では成り立たない、その世界が面白いと思ったのに。
また、初心に戻っていちから勉強し直し。


●写真は、砂漠の村メルズーガでも雨の跡に緑が芽吹いていた様子。




oto
MOROCCO その他の街で
村がゆっくりと出来る。

モロッコ、砂漠、遊牧民、砂漠ツアー



1434年 おめでとうございます。

本日は、イスラム教の新年。
1434年が明けました。

イスラム教では、予言者ムハンマドがメッカからメディナに移った年を元年とした
ヒジュラ歴が使われている為に、本日よりは1434年となります。



日本でも元号が使われているし
西暦以外の年号が使われる国が他にもあることは頭で分かっていても

初めて、モロッコ人の家庭でイスラム教のカレンダーを見たとき
1400年代であることが
過去に来たのか、異次元に来たのか、なんとも不思議な気持ちになった。
数字って面白い。



そしてこの新年元旦より10日目がアショラと呼ばれる日となるのですが
この日は、子どもたちが太鼓を叩く。

この太鼓、フライングのように新年数日前より街中で叩き始められ
本日新年も一日中太鼓の音にまみれたマラケシュでした。



が、砂漠での本日の様子は?と友人に聞くと
彼の両親である砂漠の遊牧民はもちろん
砂漠の村の誰も、今日が新年なんて気にもしない下手をすれば知りもせずに
普通に過ごしているという。

この、砂漠の村というのはメルズーガと呼ばれるモロッコの東南
アルジェアリアとの国境近くにあるエルクシェビ砂丘の目の前の村のこと。

モロッコで砂丘を目指すとなると、このメルズーガへ向かうことになり
モロッコ人には知名度が低いけれど、観光客にはとても有名な場所。

砂丘の中で一番高いところでは350メートル、砂丘の大きさも直径30キロ
ピンク色の美しい大きな砂の山は、見る者を圧倒し別の世界へと誘う。

この砂漠で遊牧民として生まれ育った友人が行う砂漠ツアーをhouse13では紹介しており
わたし自身も彼の両親の遊牧民宅や
メルズーガの村の兄弟宅など
度々訪れお世話になっているので
このメルズーガの村がもう他人ではない気がしている。

だから余計になのか、この村が出来て新しい
その歴史がまだ目で見えるようであることがとても面白いと思う。




モロッコ、砂漠、メルズーガ、砂漠ツアー



この村は、砂漠の遊牧民たちが定住して出来た村。

もともと、砂漠にはベルベル人の遊牧民しかいなかった。



最初の遊牧民の数家族が、現在のメルズーガの村に定住をしたのが50年前。

その後、徐々に定住者が増えていき
海外からの観光客も訪れるようになったために
近くの街から仕事の為に移り住む人も増え
ある程度の人数で村らしくなったのが、30年前。

携帯電話の電波が通じるようになったのが16年ほど前。

村までのアスファルトが通り
水道と電気が設備されたのが2000年。12年前。

インターネットが開通したのが、8年ほど前。




ちなみに、わたしがモロッコに住み始めて6年。

この6年間、度々訪れたこのメルズーガを見ていても
3年ほど前からは、長距離バスがメルズーガまで運行するようになり
マラケシュにあるような近代的な家が出来
その発展は如実。

1年前には、大きなネオンを放つガソリンスタンドが出来て
もう、村よりも街に近くなった様子すらある。

そして先日、半年ぶりに訪れてまた驚く。
中心部だけとはいえ、地道であった村にアスファルトがひかれ
憩いの場的な近代的な公園まで出来ていた。

もうビレッジじゃなくてシティだね!!
と、村に住む友人と笑った。




この発展のお陰は、すべて砂丘にある。
メルズーガにある砂丘は、その下に大きな水が貯まっているために
水に砂がくっついた状態
風がいくら吹いても砂丘が移動することはないのだそう。

規模は小さくても、その色、形、世界で一番美しいと言う人もあるこの砂丘は
観光資源。

街に電気や水道が引かれたのも、アスファルトが通ったのも、公園が出来たのも
大きくなった村に国がすすんでインフラを整えたというよりも
観光客の為に設備したといっても良い。

この美しい砂丘があるかぎりこの村は、これから先も確実に発展していく。



村に住む人の70%が、他の街から観光業で収入を得るために移住してきた人々という。

それでも、友人のツアーでもラクダで訪れ滞在することのできる
友人の両親の遊牧民宅にも度々おじゃまし
砂漠の素朴な遊牧民の生活を知ることができたからだろうか
村の生い立ちを最初から想像することが難しくない。


この地方の遊牧民たち、一家族の単位で遊牧しているとは言え
他の遊牧民たちとは無縁ではない。

他の家族に娘がお嫁に行くこともあれば、お婿さんが来ることもある。
遊牧民の頃から、大きな単位で家族であった。

定住に変えた佐藤さん宅
未だ遊牧を続ける小林さん宅
その小林さん宅でも、娘は街から移住してきた男性に嫁ぎ村に定住を始める
殆どが周知の仲だった。

だから今でも友人の会話を聞いていると
「僕は、斉藤の息子だよ」
「ああ、あの斉藤さんの!」
と通じ合っている様子。

こうして、少しずつできあがっていった村。



5年間で土地の値段が5倍になったという話も聞く。

もちろん、遊牧民は土地代などない。
定住を始めた頃も、どこに住もうがタダであった。
それが、発展と共に区分され土地代が発生し、地価もあがる。



恥ずかしながら、日本の歴史すら分かっていないのであるけれど
農耕民族であったわたしたちは、集合体が昔からある程度できあがっていたのではないかと思う。
そして現代に至っては、新しく村が出来るなんてほぼ皆無。

そんな中
もちろんモロッコでも、村が衰退して消えてしまった場所もあり
そこでロマンを感じることもあるのだけれど
その逆、しかも国が作ったのでもなく
遊牧民が定住をして出来たという自然発生の
村、社会の生い立ち、その発展を目で見ることが出来るのは
貴重であり大変面白いロマンなのです。



●写真1枚目
 house13でご紹介している砂漠ツアーでも訪れる事の出来る、砂漠の遊牧民宅。
 写真2枚目
 発展とは遠い写真になってしまいましたが、メルズーガの村の一角。






 ただいま 2012-2013 年越し砂漠ツアー参加者募集中!


oto

砂漠の民の砂漠ツアー
モロッコ的・愛





モロッコの人の結婚をみていて「情」について考えさせられたことがある。

イスラム教では、男女とも婚前前に例え婚約者とでも肉体関係を持ってはいけない。
お互いが、童貞、処女でなくてはならない。

近代化してきているモロッコでも
一般的に、この教えは今も守られているし
結婚相手は、親が決め
結婚直前に自分の人生の伴侶と初めて会うこともごく普通である。


モロッコの人から、モロッコで言う最高の夫婦というのは
最終的には言葉を交わさなくてもお互いが何を考えていて
何を欲しいと思っているか
わかり合えるのが理想だと聞いたことがある。

まさに、「あ・うん」。


会ったこともない人。
その人がどんな外見で、どんな性格で、普段どんなことを考えているのか
そんなことも全く知らずに結婚をし
最終的には「あ・うん」になるって!!!

考えてみたくなる。

モロッコの人たちにも、もちろんそれぞれ好みの異性のタイプはある。

けれど、通常自由恋愛はなく、こんな結婚のケースが多いから?
ニワトリが先か、卵が先か、は分からないけれどモロッコの人はよく言う。

結婚相手は、顔じゃない、スタイルじゃない。中身だ。と。


それに、自由恋愛で「つき合ってみてこの人じゃなかった。」と別れる。
というのも、意味が分からないと言われたことがある。


それから、モロッコの人たちの友だちの作り方さえも見ていると

何が基準なのかは
「情」なのだとわたしは思った。

同じ時を刻む。
共有した同じ時間や、その中でのお互いへの思いやり
その積み重ねが、情であり

その情は
同性へは、友という情、友情となり
異性へは、愛という情、愛情になるのである。



と言うことは、やっぱり「愛」は作るものなのである。


だからか、モロッコの人は情が深い。

旦那や、女性だって浮気もあるし
離婚するケースもあるし
もちろんケンカもするし
友だち同士でもケンカもする。

2度と会わない!
あんなに友だちに怒っていたのに
ほとぼりが冷めた頃
ふっとしたときにその情がよみがえるのか

あの怒っていた事実をどうしたらどこにしまったの??
まるで何事もなかったように
関係を取り戻していて
見ているこちらは、まったく拍子抜け。


体当たりなのかも知れない。

人との関係を築くことに真っ正面から向かっていく。
嘘や裏切りの多いこの国では
自分の誠意を相手に理解してもらおうと努力もするし

体当たりすぎて、ちょっと納得のいかないことでも大事になるくらいもめる。

その振れ幅が大きいとはいえ

趣味、年齢、容姿、職種
友情、愛情を築くポイントはそこになく

ただひたすら、お互いお思い合える誠実さの積み重ね
情に重きを置いた
目で見えるモロッコの人たちの育てる愛情関係から学ぶことが沢山ある。



●写真は、house13の前を通る結婚式部隊。



oto

MOROCCO MARRAKESH DIARY
居場所





建築の学生だった頃、『居場所』を表現しなさい。という課題が出た。

『居場所』を、言葉でも何でもいいから表現して持ってきなさい!

簡単なようで、考えれば考えるほど難しい課題で、今でも忘れられない。

悩んだあげくに、リボンでくるくる巻かれた時計の描かれた絵をなにかの本でみつけ
なんとなく『コレかな!』 って思い、切り取って持っていった。

考える時間はすごくかかったものの、本から切り取っただけ!で
あっという間に課題提出できてラッキー!と
単純なわたし。


そして、次の日に出た課題が
持ってきたイメージを空間にして図面にしなさい!だった・・・


ゲーーーー!

何度も辞書で『居場所』 という意味を調べる。

意味はわかるけど・・・、どう表現したらいいのか・・・。


わたしの提出した時計、時間・・・が持つイメージから
わたしが搾り出した空間は
1本の桜の木を囲むように作られた平屋の家。

桜のきれいな弘前城の近くの学校に通っていたわたしは
桜の樹とともに時の流れを感じていたから。


新宿、高島屋の椅子に座っている人たちを写真にとっていた友達の課題も
印象に残っている。



ふぅ〜ん・・・・

自分でも、まだ具体的に答えが出ないままだった『 居場所』










モロッコに来て、夕暮れ時に買い物のついでにぷらっと歩いていたとき
パーーーーーーッと次々に、おもしろいくらいに
わたしの前に『居場所』が明確になって見えたのだ。



『居場所』ばっかりなのだ!


小さな、1畳くらいのスペースで作業をする人

リヤカーで、トマトを売る人

路地に寝転がる人

公衆電話屋さんで話してる人

笑って団欒する人達

食堂のテーブルの下から、見つめる猫

荷物を載せたリヤカーとともに待ってるロバ

お金をくださいと、座ってる人




ミントティーがあって、椅子があって、誰かがいて・・・



みんな自分の『居場所』 がある!



モロッコの人たちは、大きさは関係なく、ちゃんと自分の『居場所』を持っている。

壁がなくても、天井がなくても
『居場所』って、どこにだって作られるのだなって。





道に、ぽんっ!
と椅子を置いて座ったら自分の居場所ができちゃった!


砂漠のど真ん中に、ちゃぶ台を置いたら
でっかい自分だけのダイニングになっちゃった!
ときの、感動が思い出された。



何気なく思うこと。

モロッコの道端には、よく椅子が置かれてある。

何もせずに、1日中
椅子に座ってぼーっとしてる人もたくさんいる。



この国のひとは、自分の『居場所』作りが上手だなって

お気に入りの椅子を持って、外に出たくなった。



すっかる
MOROCCO MARRAKESH DIARY

CATEGORY

CALENDER

     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

ENTRY

ARCHIVES

ただ今のモロッコ

ただ今のマラケシュ

Click for Marrakech, Morocco Forecast

ただ今の砂漠地方

Click for Errachidia, Morocco Forecast

LINKS

FACEBOOK

TWTR

PROFILES

FEED