へんな日

マラケシュ虹

 

新年が明けあっという間に1月も終わり。

昨年は、
日本に住みたいと思ったことのないわたしが
日本へ一時帰国後、日本に住みたい病にかかるという
わたし自身にはなんともエキセントリックな出来事が起きたのですが

Riad house13は、昨年も沢山のゲストの方にいらしていただき
みなさんとの楽しい時間を過ごさせていただき
例年と変わりなくゲストの方と
クリスマスパーティに
年越し砂漠ツアー
house13での年越しパーティ
あっという間に年を越しておりました。

昨年もご利用いただきたいへんありがとうございました!
今年も、たくさんの出逢いを楽しみにお待ちしております!!

今年もモロッコらしく!!




さて、今日はとある変な日のおはなし。

夜中に結婚式をするモロッコ。
音楽隊がマイク、スピーカーを使っての大音量で歌い演奏し続ける。

中庭があるのが伝統的なメディナ(旧市街)の家。
そんな家々で結婚式をしているから
夜中だって、近所に野外ライブ会場があるのではないかと思う程
大きな音が聞こえてくる。


グナワ。
モロッコの民族音楽のひとつ。
わたしがモロッコ音楽の中で最も好きなジャンル。
毎年6月に、エッサウィラでグナワ・フェスティバルという大きなフェスティバルがあるのも有名。

この音楽は、もともと悪霊を取り払うためのもの。
もちろん今でも、その為に使われている。
そしてこのグナワの演奏も夜中のどこかの家で行われる。

グナワが夜な夜な聞こえてくることは
結婚式にくらべれば、すごく希。



2ヶ月前から、新しいモロッコ人女性のお手伝いさんが来てくれていた。
リズランという名前の女性。

彼女には両親が居ない。

婚前の性交渉が禁止されているイスラム教では
妊婦になってからの結婚も法律では認められていない。

だからであるのか
リズランのお母さんは娼婦だったのか
結婚前に男性と関係を持ってしまう遊び人タイプだったのか
とにかく、結婚していない男女の間に彼女は産まれ、捨てられ、孤児院で育った。

そして、会ったこともない母親でも血は血なのか
彼女もまた、結婚をせずに妊娠し
相手の男性に結婚をお願いしたが断られてしまったシングル・マザーである。
モロッコでは大手を振って歩ける境遇ではない。

正直に、彼女の身のこなしや雰囲気は、品があるとは言えない。

でも、苦労が多かったからか
ものすごくしっかりしていて正義感が強い。
そして愛に溢れてる、だから実際彼女のお料理はとてもおいしい。
ちょっとスパイスが効いて力強いけど優しい、彼女のようなお料理。

そして、6歳の娘をこころから大事にしている。

仕事中のその娘さんの預け先がなくなってしまった為
今日で、お手伝いさんを辞めた。

1週間前から、変わりのお手伝いさんをちゃんと見つけて来てくれて
その人に仕事を教えてくれていた。

帰り際、なんども「ごめんなさい」(続けられなくてごめんなさい)と言って
別れを惜しんで涙をこぼしてくれた。



熱い気持ちのある人って
何か人のこころにその情をとどめるもので
わたしも漏れなく彼女の事がとても好きだった。

淋しい気持ちで居ると
隣の家の女性がついさっき亡くなったと聞いた。
病気ではなく、寿命で亡くなったようだ。




その日の深夜のテラス(屋上)。

リズランが辞め

大切な人を亡くしたお隣さんはひっそりと静まりかえり

左手からは、結婚式音楽隊の大音量が
幸せいっぱいの上昇気流で空から降り注いでくる

右手からは、やはり大音量のグナワ隊
時々、グナワのベースギターの音が
家の前を這うようにして低くうなりながら通り過ぎていき
カシャカシャと金属のカスタネットの音と歌が
ベースの音の上に乗ってやはり水平に届いて体を右から押してくる

そして目の前には
迷路のピンクの街の壁を
オレンジの外灯がなまめかしく浮かび上がらせる魔界の風景。
ちょっとヌケたキッチュなモスクのミナレットがちょこんと立っていれば
ウチの壁はお隣さんの壁
くっつきあったメディナの家々の屋上の壁をひょいひょいと歩く猫のシルエット
そしてそれを照らす月明かり


ああ!!

もう!!

なんなんだろ!!!!?




混沌と言ってしまえばいいのだけれど

何もかもを包括してしまうのがこの国であって魅力であるのだけれど

包括しきって生なのか、作り物なのかも分からない程になると
混沌では言い切れない漂いがある。

嘘も、生きていることも、教えてくれている。

脳みそを揺さぶられるほどに。


だから、わたしはここに居て良かったと何度も何度も思う。



oto


・写真は、昨年末にhouse13のテラス(屋上)から見えた虹。
 しかも2重でした!
 テラスのシンボル、コウノトリくんもなんだか誇らしげに見えます。


 
MOROCCO MARRAKESH DIARY
今年もありがとうございました!

 

今年も残すところあと1日。

本日30日から、毎年恒例の年越し砂漠ツアーがマラケシュを出発しました。

西暦の新年に関してのムードがまずないイスラム圏のモロッコでは
こうして、年越し砂漠ツアーのゲストの方を迎え、見送ることで
毎年、年の瀬を感じています。

そして毎年、house13近くからバスを見送る度に
みんなで出発する砂漠ツアー
しかも、砂漠で年越しをする!という大きな楽しみがあってのツアーで

その高揚感って高いよな〜

バスに手を振りながら
ちょっと淋しい気持ちと
ちょっと羨ましい気持ちと共に
ゲストの方の高揚感が伝わって自分まで鳥肌が立ったりします。


毎年この時期は、とても冷え込むので
トドラ渓谷、メルズーガの砂丘やブラックデザート共に出来るだけ快適にすごされ
みなさんが、たくさんの想い出を作られて
楽しんでこられることを願い
マラケシュへ帰ってこられる方たちからお話し聞けるのを楽しみに

留守番組は、明日31日宿泊のゲストの方と
カウントダウンを楽しむ為に
パーティの準備です!!



今年も1年間、たくさんの方にいらしていただきました。
また今年も、いろんな輪が膨らみました。

どうしてもモロッコに住んでみたいと飛び込み
ひょんなことから始まったゲストハウス
今年の夏で5年となり
今年も変わらずたくさんの方に来ていただけること
何よりも感謝の気持ちでいっぱいです。

来ていただけるだけで嬉しいのに
みなさんとのお話しも楽しい時間をいただき学び
そして出発の時には「ありがとう」と言っていただける。

ゲストの方によっては、日本に帰国され
丁寧にお礼のメールを送ってくれる方もある。

つい先日、ゲストの方がhouse13の様子を見ていて
「ありがとう」って言ってもらえる仕事なんてめったにないよ。と。


自分でも、自分が行ったサービスに対しての代金を
直接ご本人から頂けるという仕事は
すごく充実していて
責任感も大きいけれどやりがいのある嬉しい仕事だと思っていたけれど

恥ずかしながら
「ありがとう」を言ってもらえることが
こんなに希で大切な仕事だということだということ
それまで気付いていませんでした。

これからも、お互いが気持ち良くありがとうと言えるようなゲストハウスづくりと
たくさんのモロッコの魅力を伝えられるよう
またがんばります!


みなさま、今年も大変お世話になりました!
ありがとうございます。

良い年をお迎え下さい。


今年の〆は、冷え込むマラケシュで朝日が昇り
ちょっとでも日に当たって温まろうとする、テラスのhouse13スタッフすび子さん。




oto


 
MOROCCO MARRAKESH DIARY
明日は犠牲祭
モロッコ、砂漠、遊牧民、犠牲祭


明日は、犠牲祭。
1年の中、イスラム教で最も大切な行事。

詳しくは、Wikipediaなどを参照してもらいたいけれど
簡単には、一家族に一頭の羊を絞めて
余すところなくいただくという日。


その為、今日は夜遅くまで
絞める羊を買い付けバイクで羊と2人乗り
またはリヤカーや車で運ぶ人が行き交い
羊の肉を串焼きにする炭を購入するため
炭屋さんの前では人だかりが出来
炭屋さんは、真っ黒になりながら炭を売り続けていた。


とにかく、行き交う人々が
いつも以上に活き活きして幸せそう。

それは、イベントがもたらす高揚感だけでなく
明日から祝日が続くことの開放感もしかり
何より、家族と大事な日をゆっくり一緒に過ごすことの喜び。

この日の為に、皆実家へ帰省する。

そんな人々の様子や空気を感じ
この国本来が持っている大きな母性のような暖かさをまた再認識し
鳥肌が立って、少し涙ぐみそうにもなったりする。


モロッコでも都市部ではかなり生活が欧米寄りになり近代化し
それによる社会問題もある。

きっと、年配のモロッコの人々では
昔は... 今は... と嘆く人もあるかもしれない。

それでも、イスラム教という宗教の大きさはあるにせよ
文化や風習がまだまだここまで根付いている。

日本で言えば、お正月のようなものかと考えているけれど
恐れながらわたし自身
お正月を家族と、親戚との集いで過ごすのが
楽しみだったのは中学生くらいまでだっただろうか。

それ以降は、年末の大掃除、食事の買い出し、お節作り
家族の手伝いはしたけれど
心の中では、友人と31日の夜を一緒に過ごすことばかりが楽しみで
1月1日の朝食は一緒に取るように両親に言われていたので
一旦朝帰り
そして、午後になればまた友人との集いが楽しみで楽しみででかける。
毎年、母親に嘆かれ続けた。

わたしのことなど除外していただいてもちろん良いのだが
それでも、日本のお正月は簡素化してきている。
良いとか悪いとかでない。
でも、海外に住むようになって知ったことの一つに
日本のお正月ほど、すばらしい新年の行事はどこの国にもない
その国に根付いた、文化や風習のなんと大事なことなのかと。


国全体(きっとイスラム教徒の全体が)その日を大切に楽しみに迎えるという
とてつもない一体感
何よりも、それを家族と過ごすことを喜びとできること
他愛もない家族との会話が大切であること

house13の前には、絞める羊のナイフの切れを良くするためのナイフ研ぎ屋さんが出現し
その隣には掘っ立て小屋が出現し爆音で音楽を流す
という意味不明な光景も現れるけれど

house13のお客さまが到着するやいなや
house13から5メートル先から飛びついてきて
案内料を寄こせと言い寄る常習犯の
大嫌いな小デブの若いアイツさえも
ワクワクした面持ちで、その掘っ立て小屋の隣でナイフ研ぎを手伝っている。

老若男女全ての統一した心もち

人が生きる上で、実際は目では見えない大切なこと
たった、メディナのその一部を今日見ただけでも何か知り
心打たれてしまう。


oto

※写真は去年、犠牲祭で訪れさせてもらった
砂漠の民の砂漠ツアーで滞在することの出来る、砂漠の遊牧民宅。
360度の空の下、遊牧民の兄弟が羊と山羊をそれぞれ解体。
MOROCCO MARRAKESH DIARY
ラマダン終了間近

モロッコ エッサウィラ、ラマダンの夜



ラマダンも、明日か明後日には終わる予定。

ラマダン開始日から26日目は
アイシャ(夜の最後のお祈り、現在だと午後8時半頃)から
ファジル(朝日の昇るそのひ最初のお祈り、現在だと午前4時頃)まで
真夜中じゅう、お祈りを続ける日があり

実際は26日目だけでなく、それより前数日間は
真夜中じゅうお祈りをする声が
house13前のモスクから流れ続け
その声と夜の闇が、心地よくあった。

そんな夜中のお祈りの声も消えたラマダン終了直前。

今は皆、ラマダン終了日の翌日のライード(お祝いの日)へ
こころが向いている。



海外のスーパーでは、このブドウ美味しいかしら?
このオリーブは?

量り売りで並ぶ商品をちょっとつまみ食いしてみるのも珍しくないのだが
例え、ラマダンをしていないわたしでも
日中出掛ける際は、人前で飲んだり食べたりはしないようにしているのに
ふっと、スーパーで味見してしまった自分。

それさえしないモロッコの人たちの厳格な宗教への思いなども
スーパーでごめんなさい...と思いながら感じたり。

ラマダン中は、外国人であるパスポート類の証明がなければ買えないお酒。
スーパーでお酒をレジで通す際も
レジ係の女性が、わたしはお酒を触れないので
あなたがバーコードを読ませて。
ということがあったり。

モロッコへ海外青年隊として在住している日本人の方に
ラマダン中、house13へ宿泊いただき

やはり、イスラム教徒でない日本人わたしたちは
基本、ラマダンはしないけれど
例えば、ラマダン中、日が沈むとともに最初に食べる食事を
フトール(朝食)と呼ぶのですが
近所のモロッコ人宅に、フトールのお呼ばれをしたなら
その日は、お水は飲んだとしても食事はしないで伺おうと
気遣う海外青年隊の彼女の気持ちとか

終わるとなると、いろんなラマダンの思い出が
わたしにすら巡って来る。


先日、ゲストの方とスタッフとお祭りについて話した。

ヨーロッパにある
スペインのトマト祭りとか、ギリシャのロケット花火祭りとかからである。

「モロッコにもそういうお祭りはあるんですか?」
とゲストの方からの質問。

実際に、そういうお祭りはなく
ラマダンや、犠牲祭という、宗教的儀式が
ある意味お祭りとなっている。

いい意味で地味なお祭り。

そんなお祭りが終わってしまうような心持ちで
もうすぐ終わりのラマダンについて
夜中のお祈りもない今日
しっとり思いをはせてしまった。


40度を超える中、お水すら飲まずに仕事をするイスラム教徒の人たちに対して
ラマダン中でも、食べるし、お酒は飲むし
そんなわたしが、何を感傷的に...という話であるが

端からであっても、やはり物事の始まりと終わりには
いろいろな気持ちが生まれる物である。

そして、それが1年にメリハリを付けるという
お祭りの元ではないかと、改めて今年も思う。

厳格な、信じるという宗教の思いも重なるから尚更何かを重く感じるのかもしれない。




※写真は、ラマダン中のエッサウィラという海辺の街で。
 日中閉まってしまう食堂は、夜中に回転していた。
 ホテルの窓辺から、午前1時やそれ以降、真夜中に食事を求めに
 ちらほらと来るお客さんと、食堂の明かり。
 いろんな気持ちと共に、飽きずにぼんやりと見ていた。




oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
そうなっている

マラケシュ 門 陰影



みなさま、お久しぶりです。

このブログを楽しみにしていただいている方もあるというのに
すっかりご無沙汰してしまいました。

そして、その間に年まで明けて
早くも2ヶ月が経とうとしています...

モロッコは、春めいています。
夜はまだ肌寒いですが昼間は太陽が気持ちよく快適な季節となりました。

緑の少ないモロッコですが、それでも新緑が芽吹く時期。
この後は、1年の中で一番美しいこの時期
ぜひぜひみなさん、モロッコへいらしてください。





本日は、昨年お手伝いしてくれていた、めるはちゃんが
日本への帰国の日に起こった出来事。




日本へ帰ることがようやく実感できたのは
マラケシュの空港へと向かうタクシーに乗ってからでした。

house13とみんなに別れを告げると
これまでよくわからないでいた、マラケシュを離れるということに
ようやく心が働いてきて、涙がとめどなく溢れ出てきました。

house13でよくお願いしてるタクシードライバーさんの運転。
後部座席で、離れれば離れるほど涙は出てきて
子どものように泣きじゃくってしまいました。

するとフロントガラスの向こうから
お葬式の長蛇の列がこちらに向かってやってくるのがみえました。

私はつい唾をゴクリと飲んで
気付けば涙もパッタリと止まっていました。

運転手さんはすぐに車を止めて降り
胸に手をあてて行列が通り過ぎていくのを静かに見送りました。
私はその間じゅう息を飲みながら
『終わり』ということを
タイミングとその光景から伝えられたような気がしました。

「色んな人生があるね。」
と戻ってきた運転手さんに言うと
「また、戻ってくればいい。」
と笑顔でそれだけ言ったのですが
私に対して言ったのか
亡くなった方に対して言ったのか。
よくわからなかったのですが
どちらも、同じことだ、と感じるように思いました。

自分の意志とはまた別のところで
法則のように巡っているものがあったとして。
「終わり」はその節目として、あとに繋がるための大切な機会。
それはちゃんとわかるように
色んなものや出来事が、言葉でなく教えてくれる。
そんな気がしてなりませんでした。

マラケシュでは、そんなことばかりを教わった気がします。

しばらく進んでいくと、今度は信号待ちの間に
目の前をまた別のお葬式の行列が信号を渡っていきました。

モロッコに一年半滞在し
お葬式の行列をみたのは
それまでにたったの2度だけ。

よくあると聞くのに
今日の3度目まで、1年近くみかけていなかったのに
なんと今日に2回も。



『終わり』ということについて
人生の、はたまたもっと大きなスパンで
それがなんであるかということを
考える少し手前のようなところで
感覚的にもう一度問いかけられるかのように、彼らを見送りました。

そしてまたも、こぼれ落ちてくる涙を拭いながら
冗談のように、二度あることは三度あるって言うけれど…
と思った矢先
今度は少し離れたところを斜めにいく
また別のお葬式の行列をみかけたのでした。

あ、こういうことだ。
と、考える隙もなく、言葉にもならずに飲み込みました。

空港まで15分くらいの間の出来ごと。

全くただの偶然だったかもしれないけれど
モロッコの人たちは、偶然を必然のように自然と捉えるところがあります。

考えなくとも、こちらが心を開いたなら
どこからともなく教えられることばかり。

そうやって受け入れられるからか
この土地だとか、なんらかの要素から発生しうるものなのか
どういうことなのか、結局はよくわからないままだったけれど
この偶然のようなことが、ここモロッコではあまりにたくさんみられたのでした。

自分の心がちゃんと自分の中にあったら
(コーランの教えによれば、神の召すまま)
ちゃんとなるようになっていく。
その不安なようで大らかなその観念には
すっかり身を任せてしまえる、なにかとてつもない寛大さがありました。

自分の身に起こることも
身の回りに起こることも
社会の中で起こることも
ある意味、全て現象のような気がしてなりませんでした。

この日はちょうど満月が欠け始めたばかり。
満月は開花に例えられたりもしますが
そこから実をつけ、落とし
また芽を出していくように。

私たちも自然や宇宙の法則の中で生きているのだと
モロッコでみてきたことが
全て腑に落ちたような気がしました。

とてつもない大らかさやその裏のようなしたたかさまでも
温かく、愛しいモロッコ。

果てしないその魅力へと案内してくれたhouse13と
自然や宇宙への感謝や畏敬までをも感じながら
また繋がって始まっていくこれからを祈るように
日本へと向かったのでした。



日本へ帰国してから随分と経ちますが
いつまでもわたしのすぐ隣にある
強い太陽の光と共に、その輪郭が鮮明なモロッコでのhouse13での日々。
そして、house13でのたくさんのみなさまとの出逢いは、わたしの宝です。
ありがとうございました。

これからもhouse13がすてきな出逢いの場となりますように。



めるは

MOROCCO MARRAKESH DIARY
探しもの。




このブログでも何度か書いている
モロッコの人たちの「フォーゲット式」。

本日は、探し物について。

そう、探し物がみつからなかったら、一度忘れること。


モロッコ人の友だちと一緒に居ると良くあったのが
部屋の中で、ペンとか、ライターとか、小さなものがなくなったとき
それまた小さな部屋を時には3人で一生懸命探すけど見つからない。


捜し物にも順序があるもので

「ない」

となると、とまず反射神経的に思いつく当たりをとにかく探す。

それでも見つからないと、過去を振り返る。
あの時ここにあったんだから、最後に見たのはここだったんだから
そして、少し冷静になってもう一度探す。

それでも見つからない場合
その「探す」ことへの集中力がパタっと切れる瞬間がやってくる。

そのタイミングで、必ずモロッコ人の友人が言う。

「一旦、忘れよう!」

まあ、見ているとその忘れざまがあまりにも見事。

一瞬にして、他のことをして楽しみだしている。

どこにあるのか気になるなあ、と思いつつも友人の言うとおり努力して忘れてみる。



しばらくすると、「さっき探し物していたんだ」という過去を思い出すのとは違って
「あ、そう言えば」的にふっと間がさしたように思い出すときがある。

そしてもう一度探すと、一瞬に見つかった。

もしくは、忘れている間に
向こうから探し物が歩いてきたんじゃないかと、目の前にあったりした。



それが、モロッコで知った物探しのコツなのだけれど
物と言えば、こんな経験がわたしにはある。

イギリスに長く住むことが決まり、その出発日も直前となったころ
日本で長く愛用してきた自転車に乗りながら
「この自転車ともお別れだな。」
そう思った次の日、その自転車が盗まれた。

「そろそろ買い換えなくてはいけないかもな。」と思ったものが
いいタイミングならその次の日、でなくても買い換え前に壊れてしまったこと
無くなってしまったことが多々ある。


それから少し怖くなって
出来るだけ物には、ネガティブなイメージを持たないようにしている。




探し物も、無くし物も
物に自分の気持ちが通じているかどうかは別だけど
自分の気持ちと、物との間に、なにかタイミングみたいなものが
あるように思えてくる。


特に、探し物のそのコツを考えるとき
今ではわたしも、物を探すときはもちろんフォーゲット式を採用していて
これがかなり見つけ出す高い成功率を持っているのだけれど

要はきっと、無用な固執は良い結果をもたらさないって事なのかなと思っている。

それは、人を思う気持ちであったり、何かを願う気持ちであったりしても。




人とでも、物とでも、見えないものとも、結局バランス。
故に、タイミングを逃さない。

この作業が、モロッコの人たちは本当に上手。

それは、この国を照りつける太陽が
人に力を与えたり、能天気にさせてくれる故かも知れないけれど
かなり使える大切な人生術だと思うのです。


ということで
クリスマス色の薄いイスラムの国モロッコより
ハッピー・クリスマス!


oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
モロッコ的・愛





モロッコの人の結婚をみていて「情」について考えさせられたことがある。

イスラム教では、男女とも婚前前に例え婚約者とでも肉体関係を持ってはいけない。
お互いが、童貞、処女でなくてはならない。

近代化してきているモロッコでも
一般的に、この教えは今も守られているし
結婚相手は、親が決め
結婚直前に自分の人生の伴侶と初めて会うこともごく普通である。


モロッコの人から、モロッコで言う最高の夫婦というのは
最終的には言葉を交わさなくてもお互いが何を考えていて
何を欲しいと思っているか
わかり合えるのが理想だと聞いたことがある。

まさに、「あ・うん」。


会ったこともない人。
その人がどんな外見で、どんな性格で、普段どんなことを考えているのか
そんなことも全く知らずに結婚をし
最終的には「あ・うん」になるって!!!

考えてみたくなる。

モロッコの人たちにも、もちろんそれぞれ好みの異性のタイプはある。

けれど、通常自由恋愛はなく、こんな結婚のケースが多いから?
ニワトリが先か、卵が先か、は分からないけれどモロッコの人はよく言う。

結婚相手は、顔じゃない、スタイルじゃない。中身だ。と。


それに、自由恋愛で「つき合ってみてこの人じゃなかった。」と別れる。
というのも、意味が分からないと言われたことがある。


それから、モロッコの人たちの友だちの作り方さえも見ていると

何が基準なのかは
「情」なのだとわたしは思った。

同じ時を刻む。
共有した同じ時間や、その中でのお互いへの思いやり
その積み重ねが、情であり

その情は
同性へは、友という情、友情となり
異性へは、愛という情、愛情になるのである。



と言うことは、やっぱり「愛」は作るものなのである。


だからか、モロッコの人は情が深い。

旦那や、女性だって浮気もあるし
離婚するケースもあるし
もちろんケンカもするし
友だち同士でもケンカもする。

2度と会わない!
あんなに友だちに怒っていたのに
ほとぼりが冷めた頃
ふっとしたときにその情がよみがえるのか

あの怒っていた事実をどうしたらどこにしまったの??
まるで何事もなかったように
関係を取り戻していて
見ているこちらは、まったく拍子抜け。


体当たりなのかも知れない。

人との関係を築くことに真っ正面から向かっていく。
嘘や裏切りの多いこの国では
自分の誠意を相手に理解してもらおうと努力もするし

体当たりすぎて、ちょっと納得のいかないことでも大事になるくらいもめる。

その振れ幅が大きいとはいえ

趣味、年齢、容姿、職種
友情、愛情を築くポイントはそこになく

ただひたすら、お互いお思い合える誠実さの積み重ね
情に重きを置いた
目で見えるモロッコの人たちの育てる愛情関係から学ぶことが沢山ある。



●写真は、house13の前を通る結婚式部隊。



oto

MOROCCO MARRAKESH DIARY
居場所





建築の学生だった頃、『居場所』を表現しなさい。という課題が出た。

『居場所』を、言葉でも何でもいいから表現して持ってきなさい!

簡単なようで、考えれば考えるほど難しい課題で、今でも忘れられない。

悩んだあげくに、リボンでくるくる巻かれた時計の描かれた絵をなにかの本でみつけ
なんとなく『コレかな!』 って思い、切り取って持っていった。

考える時間はすごくかかったものの、本から切り取っただけ!で
あっという間に課題提出できてラッキー!と
単純なわたし。


そして、次の日に出た課題が
持ってきたイメージを空間にして図面にしなさい!だった・・・


ゲーーーー!

何度も辞書で『居場所』 という意味を調べる。

意味はわかるけど・・・、どう表現したらいいのか・・・。


わたしの提出した時計、時間・・・が持つイメージから
わたしが搾り出した空間は
1本の桜の木を囲むように作られた平屋の家。

桜のきれいな弘前城の近くの学校に通っていたわたしは
桜の樹とともに時の流れを感じていたから。


新宿、高島屋の椅子に座っている人たちを写真にとっていた友達の課題も
印象に残っている。



ふぅ〜ん・・・・

自分でも、まだ具体的に答えが出ないままだった『 居場所』










モロッコに来て、夕暮れ時に買い物のついでにぷらっと歩いていたとき
パーーーーーーッと次々に、おもしろいくらいに
わたしの前に『居場所』が明確になって見えたのだ。



『居場所』ばっかりなのだ!


小さな、1畳くらいのスペースで作業をする人

リヤカーで、トマトを売る人

路地に寝転がる人

公衆電話屋さんで話してる人

笑って団欒する人達

食堂のテーブルの下から、見つめる猫

荷物を載せたリヤカーとともに待ってるロバ

お金をくださいと、座ってる人




ミントティーがあって、椅子があって、誰かがいて・・・



みんな自分の『居場所』 がある!



モロッコの人たちは、大きさは関係なく、ちゃんと自分の『居場所』を持っている。

壁がなくても、天井がなくても
『居場所』って、どこにだって作られるのだなって。





道に、ぽんっ!
と椅子を置いて座ったら自分の居場所ができちゃった!


砂漠のど真ん中に、ちゃぶ台を置いたら
でっかい自分だけのダイニングになっちゃった!
ときの、感動が思い出された。



何気なく思うこと。

モロッコの道端には、よく椅子が置かれてある。

何もせずに、1日中
椅子に座ってぼーっとしてる人もたくさんいる。



この国のひとは、自分の『居場所』作りが上手だなって

お気に入りの椅子を持って、外に出たくなった。



すっかる
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おかしな人





前々回、「当然」というモロッコの人々の助け合いの話と通じるが

モロッコの人たちは、本当に垣根がない。

物乞いだって、浮浪者だって、お金持ちだって、貧しくたって
老若男女、「基本は同じ」が宗教上のモットー。


それを特に思うのが、壊れてしまっている人について。

何が彼らの人生にあったのか
最悪は、全裸で街を徘徊するような
言葉が悪いけれど頭の具合が完全に壊れてしまっている人。

割りと少なくない。

シンナーを吸って壊れてしまっている場合も多い。

そして、そんな壊れてしまった人は特に
道行く人に話しかけたり、タバコを1本くれないかと声をかけるもの。

でも、驚くのは
物乞いとかのレベルではない
目もうつろで、明らかに形相がおかしい彼らが声をかけてきても

モロッコの人の老若男女全てが、ぎょっとした態度をしない。

まずは、相手が何を言ってくるのかを聞こうとする。

そして、軽くあしらったりもしない。
ただフツーに、タバコなら「ないよ」と答えるし
気が乗れば、タバコをあげる。

もちろん、そこで不条理なことが起きれば怒るのだけれど
最初の段階では、完全にお互い人間としてフラットな関係なのだ。



わたしも、それは見習いたい、そう思っているのだけれど
そう思ってもなかなか上手く行かなかった余談。

ある日、目の前に明らかにそんな壊れた人がゆっくりと歩いている。

わたしは急いでいるために、その人を追い越さなくてはいけない。
追い越しの瞬間、彼と並ぶことが少しためらわれ
歩調を緩めようかとも思ったけれど

いやいや、モロッコ式!
フツーに追い抜こうと彼と並んだ瞬間

その年老いた壊れたおじさんは、わたしにエルボを食らわせたのだ!!

えーっと、わたし、何かしただろうか?

だいたい、正面からじゃあない。

他のモロッコ人とだっておじさんすれ違ってるのに
なんで背後からのわたしに??

わたしが見えていた??

感覚の鋭いモロッコの人
もしかして、わたしの追い抜くまでのあれこれを
背後で感じ取っていた??

としか思えない、すばらしいタイミングのエルボ。

これがフツーのモロッコ女子なら
壊れたおじさんとでも
「ちょっとなに?」話し合っているところだが
そこまでの勇気はわたしにはなかった...

あまりにも意味不明の不意打ちに、これはネタにするしかない
それが明一杯の納得方法で
何も無かったように歩き去るのがまた精一杯だった。




日本人の友人が遊びに来てくれた時のこと。

彼女、ひとりでジャマエルフナ広場の屋台に夕食を食べに。

ご飯を食べていたら
物乞いのおばあちゃんに、彼女の飲みかけのコーラをくれないかと言われたそう。

食事が終わっていれば、コーラはあげてもよかったと思ったんだけど
まだ、食事中で飲んでいる際中だったので断ったんだそう。

そこで、おばあちゃんもキレることはないのだけれど
お客さんの迷惑を考えて
カフェでもレストランでも物乞いが来ると店側は追い払うのがモロッコ。

屋台の店員数名男性たちも、そのおばあちゃんを追い払い始めた時
おばあちゃん、ついている杖を武器に
その店員たちとケンカを始めたんだそう。

物乞いが!
物乞い拒否にキレる!!
杖をつくほどのおばあちゃんが!!!

楽しそうに、意気揚々と帰ってきた彼女が話してくれた。

もう、マンガ!



まさに、誰が何、何が何、その垣根がない故のカオスなんだけれど

「基本は同じ人間」

それが根底にあるから

もう少し大人としての態度を取ったらどうなのだろうか?と
モロッコの人の喜怒哀楽、感情に疑問を持つこともあっても

ケンカもするし

おかしい人が近づいてきても
話せば分かる
だから、形相だけでは判断しない

「人への尊敬」というイスラムの教えを守り
人と関わり合い
成り立つこの社会

これまた、わたしの好きなモロッコなのであります。



●写真は、ミデルトという街で。



oto
MOROCCO MARRAKESH DIARY
当然。






割りと引きこもりのわたし。

ゲストハウスに住むわたしは、諸々の仕事をゲストハウスでし
残りの時間は、ゲストの方との会話を楽しんでいると
あっという間に1日が終わる。

外に出ないのは性に合っているし
住んでしまうと日常となってしまう風景が
たまに出かけると新鮮に映るから
なかなか、今の生活が気に入っていたりする。

前回のおでかけは、5日前。
体調を悪くしたので病院に行った時のこと。

タクシーを拾おうと通りに立っていると
リヤカーに沢山の木材を積み運ぶ
リヤカー引きのおじさんが車道を通り過ぎた。

あっ!
ちょっとしたアスファルトの高低差で木材のひとつが落ちてしまった。

おじさん、リヤカーを止めて木材を拾うのかな?とみていると
おじさんのリヤカーは、リヤカーを平行に保つ支えがなく
リヤカーを止める、イコール、リヤカーが斜めになってしまう
イコール、木材が落ちてしまう。

と言うことは、積み荷の時から目的地まで
リヤカーを平行に保ちっぱなしでたどり着こうとしていたのだと
それすら感動してしまったのだけれど

とにかく、おじさん
自分が拾えない状況に誰かに拾ってもらおうと辺りをきょろきょろ。

そこに、スキニージーンズにボーダーTシャツの
かわいい18歳くらいの女の子が通り過ぎた。

わたしからは距離があったので、なんと言ってるかは聞き取れなかったのだけれど
いきなり知らないおじさんに声をかけられたって
それが普通のモロッコ。
女の子は、おじさんの指示どおり
辺りに来る車を気にしながら木材を取りに行こうと。

すると、前方からモロッコでは最もブランドな原付
ヤマハのメイトにまたがるおじさんがやってきて
木材を拾う。

リヤカーのおじさん、自分の後方に木材が落ちたので
積み荷の山で、後方で何が起こっているのかみえてない。

女の子が、ほら今、バイクがあなたに木材渡すわよ!
と、おじさんに教える。

どうやら、ヤマハのメイトおじさんは
一度リヤカーおじさんを通過してから
材木を拾おうと戻ってきたようで
材木を渡したら、さらっとそまま元来た道(前方)へ走り去っていく。

女の子も、はいじゃあね、的な雰囲気はあるが
何か特別話すわけでもなく

拾ってもらったおじさんも、拾ってもらったことは当たり前
何かお礼を言うわけでもなく
また、リヤカーを引き引き歩み出した。




その後、わたしは見つけたタクシーに乗り込む。
タクシーに乗って直ぐ
木材事件と同じ車道でタクシーが信号待ちをしていると

横の歩道でサッカーをする少年達のボールが歩いていたおじさんの足元に。

おじさん、かるーくボールを蹴って彼らに返してあげる。

でも、少年達の誰もお礼を言うことはない。
お礼どころが、送られてきたボールがもうゲームを作っていて
ボールに必死。

ボールを蹴ったおじさんも何事もなかったように、そのまま歩いて行く。



家(ゲストハウス)を出て、たった15分。

ああモロッコって!って風景を2軒も目にしてる。

リヤカーおじさん、スキニーデニム女子、ヤマハおじさん。
大げさに言えば3人の人生の一瞬が交差した瞬間なのである。

それなのに、すぐまた3人がそれぞれ自分の時間に戻っていた。
まるで何も無かったように。


宗教的なことが大きいのは分かっていても
富裕層とか、低所得者とか、年配だとか、若いとか、そういう垣根は一切無く
人間だれもが兄弟家族で
関わること、助けることが当たり前に行われるこの風景が
かっこよくてたまらない。



そして、到着した大きな総合病院で喉からからのわたしは
お水が売っていないかと、うろうろ。

周りは住宅街だから、商店があるわけでもない
ということは、病院内に販売所があるのがフツーでしょ
と、思ったけど

うろうろしているわたしに、病院の警備員が
ごめんね、売店はないんだよ。とあまりにも丁寧に言ってくれるので
ええええ! と思うどころか
ああ、そっか、仕方ないね。と思う。

だからか余計に気にしていたくれた様子の警備員。

彼の仕事じゃないのに、診察室にも案内してくれるし

診察を終えて病院を出ようとすると
どうだった?? 何の病気なの?? 大丈夫??

もしかしてチップを渡した方がいいのかな?と思ったけれど
そうではなかった。
純粋に、そんな風に声をかけてくれる。




旅行者の中では、世界3大ウザい国と例えられているらしいモロッコ。

確かに、旅行者と関わるお店や否応なしに着いてくるガイド
どうしても旅行者の方は、面倒な場面にあってしまうことも少なくなく

みなさん、気負ってしまわれるのだけれど



ホントのモロッコって、そんな風に鳥肌がたつくらいかっこいい国なのである。

大きな空の下、この国の人々が交差するドラマを
わたしは愛おしく思う。

そんなモロッコを出来るだけ感じてもらえるように
ゲストハウスを通して、ゲストの方のお手伝いをしたい

自分が持っているコンセプトを
たまの外出で自身が感じて、また確認するのでした。


●写真は、夕暮れのジャマエルフナ広場のグナワ音楽隊。




oto
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